80.魔王城のとある一室

「……人間。遥か昔から、あの戦争も経て、もう『敵同士』としてしか、関わる事はないと思っていたのだがな」


 まさか、ここに来て『人間』に助けられるとは。『人間』と話し合うとは。『人間』に相談事をするとは。


 ……長い人生を送ってきて、思い返すと。なかなかに退屈な人生がずっと続いてきたが……まさか、長い事生きていればこんな事も起こるなんて。


「人間と仲良く……出来るのだろうか。あの時。遥か昔に拒絶されてから、二度と仲良くする事なんて出来ないと決めつけていたが」


 遥か昔のあの出来事から、共存することなど、考えたことすらもなかった二つの種族。


 ふと、あの二人の兄妹の顔を思い出す。梅屋正紀に、梅屋唯葉。プレシャのそんな考えを、決めつけを、断ち切ってくれたあの二人を。


 彼らなら……もしかすると繋げてくれるのかもしれない。


 魔王という強大な力を持つ彼女ですらなし得なかった、人間と魔族の繋がりを。


「世界は……今、変わろうとしているのかもしれんな」


 魔族と人間。二つの大きな種族がもし、協力し、共存できたのなら。二つの種族は互いに足りない物を手にして、更に発展し、もっと上を目指せるかもしれない。



 もし、それが実現したならば。


 魔族は、一部の魔人しか持てなかった『知性』を手に入れて、魔物たちも含め、更なる大きな種族へと発展していくだろう。


 人間は、過去に戦争を起こしてまで求めた『魔石』を手に入れ、彼らが持ち得ない、遥かに進んだ技術をもってさらに発展することだろう。


 そんな、夢に描いたような輝かしい未来が待っていれば良いのだが……そう簡単にそんな未来を掴めるというのなら、とっくに彼女は掴んでいることだろう。きっと一筋縄ではいかない。


「大変な挑戦にはなりそうだが……彼らさえ協力してくれれば、希望が見えない事も無いだろう」


 そう一人で呟いた彼女は、ダークエルフとの戦いにおいて危うく死んでしまうほどの傷を負い、未だ療養中のその体を再び医務室のベッドへと寝かせる。そして、ため息を吐きながら、


「……しかしまあ、まずはこの身体をどうにかしないとならないな。マトモに立つ事すら出来ないこの身体で、世界だの希望だの語った所でだ……」


 言う事を聞かない自分の体に嫌気が差しながら、彼女は眠りにつく。早く治すには、ただひたすらに安静にするしかないのだ。無理をしてでも力を解放した代償は大きい。


 ……ひとまずは、この怪我を治すのに集中しようと、心に決めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る