77.種族という壁

「唯葉。体の調子はどうだ?」


 魔人から人間へと戻ったばかりで、体調はまだ安定しないのだろう。疲れが溜まりやすかったり、時々ふらふらとしたりしている。


 一時的な物……とも言っていたので、すぐに治るとは思うが、それでも唯葉にとってはつらいだろう。代わってあげられるならば今すぐにでも代わってあげたい。


「だいぶ楽になってきたよ。まだちょっと体がだるいけど……」


「そうか……。プレシャの話、どう思う?」


 さっきまで、二人はプレシャの『相談』を聞いていた。それは、確かに俺たちも、出来るならばそうしたい。そう言った内容だった。


 しかし、実現は難しい。そもそも、人間と魔族の壁が既に高く、築かれてしまっている今……それはとても、無謀とも言えるような相談だった。


 それは、つい先日、プレシャに俺たちが提案したような内容で。



「――『人間と魔族で、お互いに知恵の原石と魔石を交換したい』……。それで戦争が穏便に終わるならって思うけど……そう簡単にはいかないよね」


 唯葉の言う通りで、いきなり『魔族と仲良く、交換会を開きましょう』なんて言われて、誰もが反対という訳では無くとも。果たしてすべての人間が乗り気になるのか? と言われれば、それはあり得ない。いくらなんでもそんなに都合の良いことはないだろう。


 ……でも。


「試してみる価値はある、と思う。これ以上誰も血を流さずに、平和な解決法があるなら。可能性が低くても、やってみる価値はあるんじゃないか。あの時、俺がふと思いつきで口走った事ではあったが……」


「……私も、そう思う。魔族だって、人間だって、種族なんて関係なしに分かり合えるはずなのにね」


 本当、その通りだ。俺たちを迎え入れてくれて、この街の魔人たちだって、嫌な顔せずに話してくれる。……魔族だの人間だのという垣根を作っているのは、人間の方だけなのかもしれない。


 そんな概念を、ぶっ壊す。人間と魔族、互いに幸せになれるような未来を目指して。……そういう意味では、戦いはまだまだ終わらない。


「出発は……プレシャさんが本調子を取り戻してからだったよね」


「ああ。……人間と魔族の交流が、現実的でも、そうでなくても」


 プレシャのあの状態を見る限り、時間はまだまだあるだろう。その間にも、出来ることはあるのだろうか。絶望的に立ち塞がる二つの壁を取っ払う、革新的な方法が。


「今頃、向こうじゃ俺たちはどうなってるんだろうな。急に居なくなったし、死んだと思われているのだろうか」


「そうだよね……。何も言わずに、あんな大爆発に紛れて居なくなったら、誰もがそう思うよ。なんか、戻るのが恥ずかしくなってくるね」


 時間も経っているし、もう俺たちの事なんて忘れて、戦争は終わったと喜び、以前のような平穏な時間を過ごしているのだろうか。……それが一番なのだが、と思う。


 とにかく、平和であればそれが一番だし、それを壊すような戦争なんてもう起こってほしくはない。


 魔族は、人間である俺たちを受け入れてくれているが……問題は、人間が魔族を受け入れてくれるのか。水と油のようになってしまったその関係。立ちはだかる大きな問題に、頭を悩ませる。

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