71.緊急事態
マーデンディアへとやってきた翌日の朝。こんな時間から、部屋をノックする音が聞こえ――
「我だ、プレシャだ。……唯葉を人間に戻す準備が整った。準備が出来たら来るがいい。魔王城のロビーで待っているぞ」
わざわざ部屋にやってきたプレシャは、そう言い残すとさっさと行ってしまった。
「思ってたよりも早かったな」
「私、人間に戻るんだね……」
この世界での目標は大きく二つあった。
一つは元の世界へと帰る手がかりを探す事。そしてもう一つが、唯葉を人間へと戻す事。
二つの目標のうちの一つ、唯葉を人間へと戻すことが……ついに、達成されるのだ。
思ったより早かったなと思うところもあれば、ここまでの道のりが険しすぎて、ここまできてやっと目標のうちの一つなのか……、と思うところもある。
だがひとまず、大きな目標を達成できるということは、素直に喜んで良いことだとは思う。
この世界では魔人となってしまった唯葉が受け入れられても、もし元の世界へと戻ることになった時。この世界とは全く違う、魔法も戦いも何もない日本で、彼女の紅い目に人間離れした身体能力が受け入れられるはずがないだろう。
「でも、私が戦えなくなったら……お兄ちゃんに迷惑、かけちゃうかな」
「気にするな。……今まで以上に強くなって、絶対に唯葉を守るから」
今までの戦いでは唯葉に何度も助けられてきたが、魔人の力がなくなれば、唯葉はスキルや魔法は使えても、今までのような激しい戦いにはついて行けなくなるだろう。
唯葉の分まで、俺が強くならなくてはならない。これからも、今まで戦ってきたような強敵相手との、厳しい戦いはあるかもしれないのだから。
「それじゃ、行こうか唯葉」
「うんっ」
***
エレベーターを使って魔王城の一階へと降りると、魔王プレシャが本を読みながら座って待っていた。
本というのも、重苦しい魔導書とか、古い文書だったりしか存在しないヒューディアルとは違い、お店で手軽に買えそうな文庫本サイズのものだ。小説か何かだろうか?
プレシャはこちらに気づくと、本をパタリと閉じ――
「待っていたぞ。人体改造のスペシャリスト――ラヴビーはここから離れた研究所にいる。そこですぐに唯葉を元に戻す術を始める。……準備は出来ているな?」
「はいっ!」
唯葉は迷わず返事する。もう、自分が弱くなってしまい、迷惑をかけてしまうなんて不安は……まだ少し心の中で思いつつも、もう口にすることはなかった。
「では、行くとしようか――」
そう言い、プレシャが立ちあがろうとした瞬間。――ブウウウッ!! という耳を突き抜けるようなアラート音が、魔王城全体に響き渡った。
「何だ……?」
「この警報音、緊急事態時の物だな……。一体どうしたと言うのだッ」
それから間もなく、一階のスピーカーからアナウンスの慌ただしい声が飛んでくる。
『緊急事態ッ! マーデンディア北方から、約二万ものゴーレムの群れが襲来。現在もこちらに向かって進軍していますッ』
「……魔物の群れ、か」
そのアナウンスを聞いたプレシャは、深刻そうな声で言う。
「前にも言った通り、魔物には知性がない。だから魔物同士で勝手に意思疎通して群れを作ったりするなんて事はあり得ない。考えられるのは――群れを操る魔人がいるという事だ」
仲の良い悪いがある人間たちと同じように……同じ魔人でも、みんながみんな、仲が良い訳ではないらしい。都市が一つしかない以上、絶対数は少ないにしても――同族で争う事もあるのだろう。
「そして、二万体のゴーレムを操れる魔人というのは、相当な強敵である事を意味する。魔王である我ですら、そう簡単に動かせる戦力ではないからな。――そこでだ」
俺には、プレシャが次に何を言おうとしているのか想像がついた。きっと唯葉も薄々分かっているだろう。
「唯葉を人間へと戻す前に。クラーケンを追い払い、さらにこの我を追い詰めたその力、貸してくれぬだろうか?」
怖いくらいに物事がスムーズに進んでいて、なんとなくそんな予感はしていたが……やはり、そう簡単には唯葉を人間に戻させてはくれないらしい。
「……二万のゴーレムか」
「もう一仕事、だね」
魔王プレシャの懇願に、俺たちは首を縦に振る。
「助かる。……我が本調子であれば、ゴーレムの群れなど敵ではないのだがな……」
そもそも、彼女の力が一時的に使えないのは俺たちと戦ったせいでもある。なので、断ることも出来ないだろう。
それに、今までだってこんな状況を乗り越えてきたのだから、今回だって。俺たちならば何とかできるだろう。
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