70.やり直し

「俺は……この力を、どう使えば良かったんだろうな。Sランクのこの力を、魔人になったこの力をよ」


 痛む身体を起こしてなんとか立ち上がった工藤茂春は、静かに俺に向けて問いかける。


「自分の力だし、自分の好きなように使えば良いじゃないか。……だから、こうして『主人公を殺すために』力を使うのだって悪くないし、自由だと思う」


 ――でも、と俺は付け足して。


「力の使い道なんて、主人公になりたいでも、それを殺したいでも自由かもしれない。ただ、それは他のみんなだって同じだ。人はみんな助け合って生きている。フィクションの物語のような『主人公』一人が回すような世界じゃない。だから、主人公なんて概念はこの世界に存在しない。強さも、スキルも関係なく、前提としてこの世界で生きる人として平等で。それを一人の力で動かすなんて事――許しても良いはずがないだろ」


 主人公という、世界のバランスを崩すような存在。そんなものは存在してはいけないと思う。仮に主人公がいるとすれば、その世界はその主人公の思うがままになってしまう最悪な結末しかない世界だ。


 ――だから、そんな存在を俺は許したくはない。


「じゃあ……俺は何のために、この世界に来たんだろうな。この世界に来て、俺が余計な事をしたせいでクラスはバラバラになって、もう帰る場所だって無い。ただ強さだけが残った俺に、何が出来るんだろうな」


 彼は、俺に向けて弱々しい声で聞いた。対して、俺は――


「まだやり直せる。確かにあのクラスはいくつにもバラバラになって、絶望的なほどに離ればなれになったのかもしれない。でも、かつてお前はクラスをまとめていた中心人物じゃないか。この世界に来てから歯車が狂ってしまったのかもしれないけど……この世界に来る前の事を思い出して、もう一度やってみれば良いんじゃないか?」


「……やり直せる、のか。俺は勝手に自分がクラスを引っ張っているんだと勘違いして、あっけなく崩壊させた張本人だ。Sランクという肩書きに酔って、まずお前を追い出し、その後クラスは二つに分かれて、さらにその残ったクラスを置いて俺は逃げ出した。……そんな俺を、今更受け入れてくれるのか?」


「この世界に来る前も、今も、あのクラスをまとめられるのはお前くらいじゃないか。中心的人物だったお前を抜きで、またクラスが一つになれるとは思えないな。まず、ヒューディアルに戻ったらみんなに謝るんだ。自分の悪かった事を反省して、誠意を見せれば――他のみんなだってわかってくれるんじゃないか?」


 その言葉を聞いて、彼は少し考えると――気分が晴れたように。今まで抱えていた物を、全て捨て去ったかのように。


「ああ、分かった。戻ったら俺はみんなに謝る事にするよ。また、クラスが一つになれるように。……やる前から諦めるなんて、一番しちゃいけない事だよな」


 すっかり勢いを取り戻した彼は、自身の目標を打ち砕かれて見失いかけていた道の中に、一つの光を見つけた。バラバラになったクラスを再び修復するという、新たな目標を。



 ***



 魔王城へと帰る道すがら。工藤茂春がこちらに話しかけてくる。


「……ありがとな、梅屋。俺はあの時、酷いことを言ってしまった。こんな世界で一人ぼっちにしてしまった。横から刺されてもおかしくないほど、恨んでいるはずなのに」


「まあ――」


 俺は、一瞬言うのを躊躇ったが……口を開く。


「あの時の事で怒ってないと言えば嘘になる。こんな知らない異世界に放り出されて、腹が立たない訳もないし。……元々、俺は騒がしい場所よりも一人の方が良かったし、これがキッカケで俺は妹とも再会出来た訳だし、今思えばあの時一人になって正解だったのかもしれないとは思う。でも、済んだ事をいつまでも言っていた所で変わらないからな」


「……本当にすまなかった。こんなどうしようも無い俺を――助けてくれて、本当にありがとう」


 こうして『主人公』をめぐる戦いは――終わりを迎えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る