69.主人公を潰す力

 夜ではあるが、この都市の魔人たちはむしろ活発になっていた。都市マーデンディアの大通りは、昼よりも賑やかになっている。


 そんな人通りの多い場所から離れた、都市の外れ。広い空き地で、二人の男は向かい合っていた。


「んじゃ、早速殺し合いといこうじゃねえか、主人公。俺は主人公であるお前を潰す為に、この強さを手に入れた。全てはこの時の為だった。――楽しませてくれよ、主人公――梅屋正紀ッ!」


「殺し合い……か。初めに言っておく。俺はお前を殺さないし、殺されるつもりもない」


「はッ。そんな余裕も、俺の強さを前にしていつまで続くかなァ。……早く始めようぜ。俺はずっと、この瞬間を待っていたんだからよ」


「ああ、かかって来い」


 工藤茂春は不敵に笑うと――俺のその言葉と共に、二人の戦いが始まった。



 最初に動いたのは――相手からだった。


 声も音もする間もなく、ほんの一瞬で離れていた二人の距離が縮められる。


 魔人となった彼は、前に戦った時とは比べ物にならないほどにスピードが増していた。


「……遅ッせえな!」


 瞬時に俺の前に立った工藤茂春は、一言。……以前の戦いで、俺が放った言葉をそのまま返される。


 ……立場が逆転していた。俺には彼の動きは全く見えないし、追いつくことだって出来なかった。


 向かってくる剣を、直感で何とか避けるものの、すぐに二撃目の斬撃が飛んでくる。俺はそれを避け切れず――なんとか剣で受け止めるが、その速さと魔人の驚異的な力の乗った攻撃に、俺は軽々と吹き飛ばされてしまう。


 ……完全に、立場が逆転してしまっていた。



「――『マジック・コンバータ』……『敏捷』ッ!」


 飛ばされながらも、俺が唯一持っている魔法を唱える。魔力を速さに変換したところで、圧倒的な速さを持つ彼からすれば誤差レベルなのかもしれないが、俺にとっては大きな差だ。


 ――ドスンッ! と音を立ててそのまま壁に激突した俺はなんとか体勢を持ち直そうとするが、彼の猛攻は止まらない。


 ミスリル製の黒い魔剣『レイフィロア』をこちらに向けると、文字通り一瞬でこちらに向かってくる。


「確かに強い。普通に戦えば俺にはどうにも出来ないよ」


 俺は、向かってくる彼の斬撃を避けながら、静かに言う。


「でもな――その動き。単調過ぎるんだ」


 俺には工藤茂春の動きは追いつけない。それでも、彼の攻撃を避けられる。……それは何故か。それは、根本的に二人は違う道を歩んだからだ。


 一人は魔法も特別なスキルもなく、この剣一つで戦ってきた事。そして、自分よりも格上の相手と何度も戦ってきた事。


 対するもう一人は、Sランクスキルで手に入れたその強さで、格下の相手を倒し続けてただレベルとステータスだけを上げ続けた事。


 ステータスでは劣っているのかもしれない。しかし『戦闘』においては場数を踏んだ梅屋正紀のほうが優れていた。



 ――つまり。


「何故俺の速さについて来られるんだ。ただの人間のハズだろッ」


「ついて行くことは出来ない。ただ、お前の動きを


 向かってきた斬撃を――ガチィッ!! と受け止めると、俺は力ずくにその魔剣を砕いた。


「……あり得ないッ、何故俺が負ける!? 速さでも、力でも。お前には負けてないはずなのにッ!」


「Sランクスキルに、魔人化。楽して手に入れた力で、俺を超えられると思ったのか?」


 最初から持っていたスキルに頼り、さらに足りない分の力を努力ではなく、自らの体を魔人へと改造する事で補った。その程度の強さに、俺が負けるなんて――あり得ない。


「……はッ、俺はまだ負けてねえ。まだ生きてんだ。何がなんでもお前を潰すッ!」


 それでも、彼は再び立ち上がる。持っていた剣は砕け、武器を失った彼は――その拳一つで、こちらに再び向かってくる。


 それを見た俺も、右手の剣を放り投げ――こちらも拳で彼に対抗する。


 圧倒的な速さと力を持つ工藤茂春と、足りないステータスを補えるほどに戦い慣れた梅屋正紀。


 二人の拳が飛び交うが――ドスッ!! という鈍い音が響くと、その戦いは終わりを迎える。その拳を放ったのは――


「……主人公を潰すための力だったか。それで今、こうして俺が立っているのが証拠じゃないのか。この世界はゲームじゃない。主人公なんて、存在しないし必要ないんだ」


 拳を受けて、地面へと飛ばされた――魔人と化した男、工藤茂春へと向けて俺は言い放つ。

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