50.奇襲

 クリディアの北、その海岸には……三隻の大きな船が並んでとまっていた。


 そして海岸には即席で作ったであろう、それにしても仕事が早すぎると思う、木造の最低限住むことができるような作りの大きな拠点を構えて、その周りにはここから見えるだけでも十人ほどの魔人が待ち構えていた。


 建物の中にはきっと、さらに多くの魔人が待機しているのだろう。


 流石にこの人数で向かったうえに、草原のど真ん中に集まっているせいなのか、向こうにも気付かれてしまったのだろう。拠点の中にいた魔人も少しずつ外へと出てきて、木造の拠点を囲む魔人の数はどんどんと増えていく。


「まずが『合図』を出してくれる。それと同時に、俺たちも一斉に攻撃を仕掛けるよッ」


 国やギルドなどの垣根を超えて、全ての参加者をまとめ上げるギルドマスター、ウィッツは、『彼ら』が動くのを待っていた。



  ***



 ……ある場所では『彼ら』と呼ばれていた、俺と唯葉は――他の参加者とは離れた場所の森の中で、同じく魔人たちの様子を伺っていた。


「向こうは気付かれたみたいだけど、俺たちの存在まではバレてないみたいだな」


 ギルドの冒険者や、クラスメートたちの参加する超大規模な軍勢の方は、その規模が規模なので流石に気付かれてしまっているだろう。魔人たちが次第にザワついているのがわかる。


 しかし、そこから少し離れ、より魔人たちの拠点に近い場所に身を潜める俺たちの存在には気付いていないようだった。


「作戦通り、唯葉は一発、『サンダー・ブラスト』を敵の元に撃ち込んでくれ。俺は怯んでいる隙に残った魔人を直接倒す」


「分かったよ、お兄ちゃん」


 唯葉は、森の木陰から抜け出し、魔人たちの拠点を見据えると……。


「――『サンダー・ブラスト』ッ!」


 ゴオオオオオオオオォォォォォォォッ!! 激しい轟音と共に、魔人たちの集まる拠点に向けて、中級の雷魔法であるはずが唯葉の底知れぬ魔力によってまるで爆発魔法へと姿を変えた、その衝撃が襲いかかる。


 それを見たと同時、俺は一人、その爆発の先へと向かって走る。


「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」


 やがて視界の晴れた先には、あの火力の雷撃による爆発を耐えきった、数多くの魔人の姿があった。彼らはなんとか立ち上がり、周囲を警戒している。


 やはり相手は魔人。唯葉の魔法で壊滅状態になっている事を願ったが、やはりアニロアやイルエレと同じく一筋縄では行かないようだ。


「に、人間が来たぞッ、叩けえぇぇッ!」


 一人の魔人が、走る俺の存在に気づき声を上げる。しかし、気付かれてしまったからにはもう逃げても遅いだろう。


「……ここは正面突破しかない」


 俺は、声を聞いて駆けつけた、計三人の魔人と、正面から向かい合う。


 そして、俺は――そのうちの一人に向けて、まずは右手の剣を振るう。


 ――スパンッ! と、一人の魔人は一刀両断される。アニロアやイルエレのように厄介な攻撃を持っていない分、いくら魔人と言ってもあの戦いほどの苦労はない。が、敵は一人ではない。


 残った魔人は二人。片方は男で、槍を持っている。もう片方は女で、何も持っていない。攻撃手段がないとは思えないので、おそらく魔法のような、武器を必要としない攻撃を仕掛けてこようとしているのだろう。


 俺は一度下がり、二人と間合いを取る。


「人間の癖に、なんて速さなんだ……!」


「関係ない。――『イグニッション』ッ!」


 女の魔人が、こちらに右手を向けて魔法を放つ動作をする。それを見た俺は、避けられる自信は無かったのですぐに防御行動を取る。


「――『マジック・コンバータ』……『守』ッ!!」


 魔力を全て守備力に変換し、その圧倒的なステータスで受け切ることにした。


 すると俺の足下から、激しい炎が噴き出してきた。……が、それを何とか耐え切れるほどにまで軽減させる。それでも熱かったが、せいぜい熱湯風呂程度。高いステータスの有難みを実感する。


「……人間風情がこの攻撃を耐えるなんて、あり得ないッ! だって、これは炎よ!?」


「ば、化け物め……。喰らえ、『ライトニング・スピア』ッ!」

 

 続けて、男の魔人が、バチバチと雷を纏った槍を向けて走ってくる。ライトニング・スピア。確か雷の中級魔法だったっけ。前に唯葉が竜人・イルエレの炎竜を打ち破った一撃だ。あの時はイルエレを相手にしていてこの目では見ていなかったが……それでも、唯葉と同じ魔法にして、格段に威力も速さも大きさも、何もかもが低レベルであることが見て取れる。


「……遅いな。唯葉の魔法には到底及ばない」


 俺はそう呟きながら、向かってきた雷の槍を右手の剣で押さえ込む。


「へっ、ライトニング・スピアはこれだけじゃ無いんだぜ」


 魔人の男が、そう高らかに言うと……槍が纏う雷が、急激に激しくなる。バチバチバチバチィッ!! という音を立てながら、電流がこちらにも流れ込んで来るのがわかる。


 しかし、今の俺は『守』のステータスに魔力を全振り状態。


「小学校でやった静電気の実験レベルだな……」


 普通ならショック死してもおかしくないほどの電流も、この程度。ステータスの差で無力化する。


「そんな、バカな! ――ぐッ、ぐわあああああぁぁぁぁッ!?」


 俺は剣で抑えていた槍を弾き返すと、さらに追撃。魔人の男に向けて、一撃、剣を振るった。斬撃は直撃し、男はパタリを倒れた。


「そんな、人間たった一人で、魔人を圧倒するなんて、おかしい……ッ。こんな強い人間がいるなんて――ぐああッ!?」


「――『サンダー・シュート』ッ!」


 女の魔人の言葉は、突如背後から飛んできた叫びに遮られ――それと同時、『中級魔法』よりも速い『初級魔法』、一本の雷撃が女魔人の身体を貫いた。


 その声の主は当然――


「……唯葉!」


「やっぱり、あの魔法だけじゃ効果は薄かったみたいだから。私も一緒に戦うよ」


 魔人を三人倒したが、敵はまだまだ大勢残っている。まだ戦争は始まったばかりなのだ。



 魔人を倒した後、少しだけ落ち着き――俺は離れたところに人だかりが出来ているのを見つける。それはどんどんこちらに近づいてきていた。


「あれはウィッツさんたちの部隊か……? 唯葉の『合図』、ちゃんと届いていたみたいだな」


「遠くてよく見えないけど、多分そうじゃないかな。……って、あの魔人……」


 唯葉は、何やら怪しい動きをする魔人を見つけた。その魔人は、ここからでは遠くてよく聞こえないが、を呟き続けている。それが一体何なのか、魔法を使える唯葉にはすぐにピンときた。


「……あの魔人、何か強力な魔法を唱えようとしてる。なにか、凄い魔法が来るかもしれないっ」


「分かった。俺が止めてくる」


 俺はそう言って走り出そうとした、その瞬間。唯葉が注目していたあの魔人が、丁度――ぴたりと、呟くのをやめた。そして、


 ――ギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュンッ!!


 あちこちで鳴り響く不穏な音と共に、爽やかな青空には……一つ、二つ、三つ……四五六、十、百……。次々と、赤い魔法陣が展開されていく。


「赤い魔法陣!? ……マズい」


「まさか……、この魔法陣全部から魔物が出てくるの!?」


 唯葉の言葉通り、空に展開された無数の赤い魔法陣から――数えることさえも馬鹿馬鹿しくなってしまうほどの、圧倒的な数の魔物が次々と姿を表し、展開されていく。

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