39.業火の竜

 赤く染まった竜人・イルエレを見据えて俺は、右手の剣を強く握る。


 ――完全に油断していた。『強い』と豪語しながらも、それにしては弱いなという違和感があったのに。


 気づけたはずだったのに、その油断一つが、相手の思う壺だったのだ。


「人間の大陸に来てからは隠密行動ばかりで体が鈍っていたからねえ。久々に暴れられそうな相手に出会えて、アタシは嬉しいよッ!」


 イルエレは、そう言い放つと――こちらに左手を向け、叫ぶ。


「――全てを焼き尽くすッ。『緋炎・エルディーレ』」


 彼女の詠唱に応えるように、その左手から業火が続々と放たれる。


 その炎は、次第に巨大なドラゴンを形造っていき、その巨大な炎で出来た竜は恐れさえも知らずに、ただ真っ直ぐに、こちらに向かって突撃してくる。


「唯葉はあのドラゴンを頼む! 俺はあの竜人を直接叩く! それまで何とか耐えてくれッ」


「分かった、任せて。お兄ちゃん、絶対に帰ってきてね」


「ああ、すまない唯葉。俺が油断したばっかりに……」


 そう言うと、俺は赤く染まった竜人、イルエレの元へと走り出した。




 唯葉は、右手をその竜に向けて一言叫び。


「――『サンダー・シュート』ッ!」


 一本の雷撃が、燃え盛る業火の竜に向けて放たれるが……今まで数多くの魔物を一撃で葬ってきたその雷撃を受けてもなお、あの竜はびくともしない。


 その間にも、あの竜は勢いを落とさずに真っ直ぐ、こちらに向かって来る。唯葉は一歩下がり、再び右手を向け、叫ぶ。


「これなら……、『サンダー・ブラスト』ッ!!」


 数百もの魔物を一瞬にして殲滅した中級魔法。それを、たった一体の竜に向けて放つ。


 ――ゴオオオオオオォォォォォォォッ!! 業火と、超火力の雷撃がぶつかりあって起こった爆発の衝撃で、唯葉は後方へと吹き飛ばされそうになるが……何とか踏みとどまる。


 対する業火の竜も、一度はその造形を崩し、消えそうになったが――再び炎は威力を強め、その姿を取り戻す。


「しぶといっ、まさかこれで倒せないなんて……」


 再び迫って来る竜を前に、唯葉は再び一歩下がり、右手を強く握り締める。そして、


「もう私にはこれしか残ってない。これがダメだったら……いや、やるしかない」


 唯葉は一歩、前に踏み込んで。


「――『ライトニング……


 業火の竜に向けて、強く握った拳を突き出し――叫ぶ!


 ――スピア』ッ!!」


 中級雷魔法『ライトニング・スピア』。


 同じ雷魔法で中級の『サンダー・ブラスト』が広範囲を殲滅する魔法なら、こちらは一点に超火力を叩き込む大技。


 そもそも、今までは初級の魔法で事足りていたので、撃つ機会もなかったこの魔法。唯葉自身も、使うのは初めての魔法だった。


 唯葉の拳から、超火力の雷の槍が飛び出す。


 そして、業火の竜の心臓部を――ギュインッ!! という高い音と共に貫く。


 業火の竜に空いた大穴は――すぐには塞がらない。そして、動きも止まった。空いた穴の修復に時間をかけているのだろうか。


 中級魔法を二度も放ったおかげで、かなり身体に反動が来ているが……ここまでのチャンスはもう二度と来ないかもしれない。


 唯葉は、動かない体を強引に動かして、再びぽっかりと穴の空いた竜に右手を向けて、叫ぶ。


「――『サンダー・ブラスト』ッ!」


 放たれた雷撃は、轟音と共に業火の竜の体を爆破していき――その業火は、威力を次第に弱めていく。


 そして、どんどんと小さくなっていくその竜の姿を眺め、その炎が完全に消え去ったと同時。唯葉は力を使い切り、床に腰を落とす。


「やった……。でも、もう動けないや。お兄ちゃん、大丈夫かな……」


 何度も無理をして大技を放った代償が、一気に返ってくる。もう立ちあがる体力も、気力さえも無くなってしまった。


 唯葉は自身の無力さを噛み締めながら、兄、梅屋正紀の戦う姿を座って、眺める。

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