33.主人公

「この階にいるんだよな。……あの金髪シスターを探して、直接対決といこうか」


「ええ。これ以上、あいつらの思い通りにさせてなんておけない。必ず助け出してみせる」


 一階には唯葉たちとそのクラスメートがいたので、いまこの四階には二年四組と、城の奴らしかいないだろう。……人が少ない分、誰にも見つからずに進めるだろう。チャンスだ。


「多分こっち、付いてきて」


 明日香は走りだし、ホテルのように部屋のドアが並んだ廊下を曲がる。俺も一緒にその角を曲がると……目の前には、一人の男が歩いていた。


 男は、後ろを振り向き、こちらに気づくと……笑みを浮かべて、


「はッ、誰かと思ったら。仲間を捨てて逃げ出した腰抜け委員長に、梅屋正紀じゃねーか。どーしたんだよ、こんな所までのこのこ戻ってきてよぉ!」


 ヘラヘラと笑いながらこちらに言い放つのは――初日とは見違えるような、全身ピカピカの装備に身を包んだ工藤茂春。二年四組の中だったら、一番遭遇したくなかった相手。


「……どきなさい。貴方には関係のない事よ」


「へッ、まあそう怒ってくれるなよ委員長さんよぉ。でもな? お前たちはいわば『侵入者』だろ? ちょっと放ってはおけねーかなーなんてな?」


 やはり、戦いは避けられないか。よりにもよって、運悪く遭遇してしまった相手がこれか……。まっすぐ、二年四組を担当しているという金髪シスターの元へと向かえればどれほど良かったことか。


「あっ、もしかして梅屋正紀ィ、あんなステータスを持ってるもんな。まさか、俺に勝てるなんて思っちゃってる? 残念、それは無理だ。なんてったって、俺はこの世界で『主人公』になるんだからさァ。ステータスだけのお前が、この異世界の主人公である俺に勝てるわけがねーんだわ」


 主人公、か。……実にくだらないなと思う。俺は静かに剣を抜くと、一言。


「Sランクだか知らないが、俺はそんな相手に手加減をする余裕は無い。死ぬ覚悟はあるか」


「ハズレスキルが吠えるな。主人公はこの俺なんだよ、お前らみたいな脇役が勝てる訳ねーんだ。委員長は大丈夫なのかぁ? コイツと一緒に戦ったら、弱くなっちまうんだよなぁ? あっ、元々ステータスはレベル1のゴミカスだったし、下がるモンも下がらねーか! ははははははッ!」


 そう笑いながら、工藤茂春は――ビュウウウッ!! 一瞬にしてこちらへと向かってきて、いつの間にか抜いていた剣を俺に向けて振るう。


 スキル『超速飛行』だったか。確かに、文字通り見えないほどのスピードで飛び、こちらに向かってきた。


 ……でもな。


「――遅いな」


 剣を振るう速度は――その超速飛行の速度も相まって、とても遅く見える。間を詰めるのがいくら速くとも、斬撃は子供のお遊びのように、遅い。その見え見えの斬撃を、俺は剣で軽く受け止めると、軽く力を入れて吹き飛ばす。


 その身体は軽く、簡単に廊下の壁へと叩きつけられる。建物を壊してはいけないので、手加減に手加減を重ねたはずなのだが……。



 そこに、明日香は右手に拳銃を生み出すと――パンパンパンパンッ!!


 四発の銃弾が、工藤茂春の手足を撃ち抜いた。ちょうど防具によって守られていない場所で、そこからは鮮血が噴き出した。


「ッがああああぁぁぁぁぁぁ!!」


「確かに少し体が重い気はするけど、この拳銃にステータスなんて関係ないもの。レベル1だと思ってみくびったわね」


 この世界の銃火器は、武器屋で少し見た感じだと、弾を込めるのに時間がかかりすぎて実用性は薄い。しかし、彼女の拳銃はというと、引き金を引けば弾が出る、ただそれだけ。俺の剣なんかよりもずっと速い。


「クソっ、俺は、主人公だ、負ける訳がッ!」


 そう叫ぶ工藤茂春の元に俺は走り、


「これはフィクションじゃない。リアルなんだ。主人公なんてバカバカしい概念は存在しない」


 そう言って、俺は剣を一振り、彼の豪華な剣の先を容赦なく切り落とすと、カランカラン、という剣先が落ちる音だけがこの廊下に響き渡った。


 もう戦える力は彼には残っていない。放っておいても大丈夫だろうと思い、俺たちは先へ進もうとした、その時。後ろから、声が掛けられる。


「梅屋、正紀。そして委員長。お前ら、これでも元は同郷の仲間だっただろ。それなのに、マジで殺しにくるなんて……狂ってるだろ。異世界に来て、おかしくなっちまったんじゃないのか!?」


 苦しそうな声で、俺たちに向けて弱々しく言う工藤茂春。その言葉に対して、二人は冷酷に、


「俺はお前を仲間だと思った事は無い。お前があの時、俺に言った言葉を忘れたか」


「この世界に来てから調子に乗りすぎていた貴方には良い薬じゃないかしら。それに、この程度じゃ死なないわ。急所は外しているもの」


 そう言い捨てて、俺たちは倒れる工藤茂春を放って、再び金髪シスターの元へと歩みを進める。

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