24.魔導書、読破

 冒険者ギルドを出ると、外はすっかり暗くなっていた。しかし、街はまだ賑やかで、むしろこれからと言ったところなのかもしれない。


 しかし、ずっと馬車に揺られて疲れた俺たちは、どこに寄るわけでもなく、ウィッツさんが用意してくれた宿へと向かう。会議までの一週間分の代金は既に払ってくれているらしい。


 ……あれだけの報酬を貰ってしまい、お金にはかなり余裕があるのだが、ウィッツさんの厚意なのでありがたく受け取っておこう。


 宿は広くて、二人で泊まるには少しもったいないと感じてしまうほどだ。……そんな宿の部屋で、唯葉は突然。


「お兄ちゃん。私、多分あの魔導書の内容、全部マスターしちゃった」


 ……と、一瞬聞き違いかと思うような言葉に、俺は疑うような目で唯葉を見て、


「……いくらなんでも早すぎるんじゃないか?」


 早すぎる、と疑われた唯葉は、ちょっとムキになって。


「じゃあ見せてあげる。――『フロート』ッ!」


 唯葉は、部屋に備え付けの、大きなテーブルに向かって右手をかざし、魔法の名前らしき言葉を叫ぶと――ふわぁ……っ! と、少しずつ、テーブルが浮かび上がる。


 ステータスの補正がなければ、いちおう男である俺ですら、こんなものを一人で持つなんて不可能だ。それを、触れることなくたった一人の力で軽々と持ち上げた。


「次はこれ。――『ストレージ・イン』ッ!」


 テーブルの上に置いてあった、カゴに入ったリンゴを一つ、唯葉が手に取って叫ぶと――シュウンッ! 一瞬にして持っていたリンゴが、跡形もなく消えてしまう。


「――『ストレージ・アウト』ッ!」


 唯葉が再び叫ぶと――消えたはずのリンゴが再び、唯葉の手元に現れる。……異空間にでも収納しているだろうか。だとしたら便利すぎないか?


「――『カッター』ッ!」


 その再び手元に現れたリンゴを、上へぽいっと投げると、再び別の魔法を口に出す。――スパスパスパスパァッ! 宙に浮いたリンゴは綺麗に八等分されて、テーブルの上に落ちていく。


 あざやかなその動きに……思わず俺は見入ってしまう。あまりにも完璧に魔法を使いこなしていて、とてもじゃないが、昨日魔導書を渡したばかりだとは思えない。


「ね、言ったでしょ? あの本に書いてる、使えそうな魔法は全部覚えちゃったの」


「凄いな……。俺なんか、読んでも全く理解できなかったのに」


 どれも、初級とは思えないほどに便利な魔法ばかりだ。特にストレージとか、もうカバン要らずじゃないのか。


「どれも初級だから、欠点は多いけどね」


 唯葉が言うには、フロートは上に浮かせるだけしかできず、前後左右には動かせない。


 ストレージも、入れている間は常に魔力を使い続けるので、負担が大きいらしい。入れたものの重さによっても負担が変わってくるので、使い勝手はそこまでよくはなさそう。


 そしてカッターは、剣のような攻撃力はなく、まさにあの文房具のカッター程度の切れ味らしい。これじゃ戦闘では使えなさそうだ。料理をするときとかに便利かも。


 唯葉の、圧倒的な魔法の才能を見せつけられて、魔導書を買った本人である俺は……ショックを受けてしまった。


 まさか、俺が寝ている間に唯葉がここまで真面目に魔法の勉強をしていたとは。


「……明日、新しい魔導書でも買いにいこうか」


「いいの!? やったーっ!」


 前は本なんて読まなかったはずなのに、すっかり魔導書を読むのが好きになってしまった唯葉は大喜びだ。


「何せ、魔族と戦争をするんだ。今のうちに強くなっておかないとな……」


 俺としても、唯葉が魔法で戦えるようになってくれればありがたい。味方弱化スキルのせいで動きが鈍くなってしまう分、どうしても剣を使った近接戦では不利になってしまう。それに、唯葉を危険な目には絶対にあわせたくない。


 魔法なら、敵と直接剣を交えたりするよりは安全だとは思う。近接戦は、俺が全て引き受ければいい。そのための高いステータスなのだから。


 そのためにも、俺ももっと強くならなくちゃいけない。来週の会議までの五日間、遊んでなんていられないな。



 ***



 ――そうだ。遊んでいられない。


 唯葉も寝てしまい、外の人通りも少なくなった深夜。俺は剣を持ち、外に出る用意をする。


(唯葉を危険な目には合わせられないしな。レベル上げなら夜の方がいいけど、夜に唯葉を連れていくのは危険すぎるし)


 そう心の中で呟いた俺は、宿を出ようとした、その時。


「ううぅ……、お兄ちゃん? どこにいくの?」


 準備するときの音で起こしてしまったのかもしれない。俺はそっとやさしく、


「ちょっとトイレだ」


 しかし唯葉は、完全に目を開いて、俺を見ると……。


「剣もってトイレに行くの?」


 さすがにごまかしきれなかった。……仕方ないので、本当の事を話すことにした。




「……お兄ちゃんだけずるい。私もいく!」


「危ないんだぞ夜は。俺はたまたまレベルも高くなったし、夜でもなんとかなるけど、唯葉は――」


「私だって、ステータスは高いんだよ。それに、私の『状態付与』。敵に触れないと使えないから弱いって言われてたけど、使


 ……まあ、唯葉もレベルを上げたいのだろうし。『無茶だけはしない』と心に強く刻み付けて、夜のレベル上げに唯葉も連れていくことにした。

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