14.人間如き

「最初の一撃を避けた時は驚いたが……所詮は人間か」


 こちらにゆっくり歩いてきながら、アニロアはあざ笑うかのように言う。


 地面に倒れる俺の身体には、激しい痛みが走り続け――もはや立ち上がる事さえも出来ない。


(……終わりか)


 あれだけ偉そうな事を言って、結局はこのザマだ。ちょっとステータスが高いからって、レベルも上げたからって、調子に乗ってしまったみたいだ。


 自分に力があれば、こんな平凡な人生は変えられるとか思っていた。前の世界でも、この世界でも。


 でも、そんなのはただの幻想にすぎない。結局、いくら強さがあったとしても……俺が俺である時点で、人生なんて変えられる訳が無かった。人を救うだなんて、尚更だった。


「人間にしては上出来すぎる結果だ。魔人に一撃入れられたのだ、誇っていい。……その勇気、強さに免じて、貴様は一瞬で逝かせてやろう」


 俺の前に立ったアニロアは、開いた手をこちらにかざすと……段々と手のひらが光っていき――その時。



「「「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」


 その瞬間、部屋の入り口から――総勢二十九の村人たちが一斉に、こちらに向かって走ってきた。


 俺は痛みに耐えながら、お腹から声を振り絞って向かってくる村の人たちへ言い放つ。


「来てはダメだッ、そいつは強――」


 俺の必死の叫びも、村の男たち二十九人の咆哮には勝てずに掻き消されてしまう。


「か、体が重たく……!」

「負けるなああぁぁぁッ! 全力で目の前の敵を叩けええぇぇぇぇぇぇッ!!」


 俺の味方となって戦闘に参加してしまったが為に、俺の『味方弱化』のスキルが効いているはず。


 しかも、相手があんな化け物だと分かっているはず。


 ……それでも、村の人たちは歩みを止めない。――それなのに、俺はこんな所で倒れていてもいいのか?


「くっそおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」


 痛い。雷でも直撃したのかという程に痛い。今にも気が狂ってしまいそうなほどに痛い。それでも、今だけはッ!


 ――立ち上がらなくてはならない!



「攻めろおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


「「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」」」


 村長の雄たけびに、さらに村の男たちは威勢を増していく。


 ――あと少し。あと数歩で魔人、アニロアの元へと辿り着く。勝負が決まろうとしていた、その瞬間。


「人間如き――吹き飛べ雑魚共がァァァ!」


 そのアニロアの叫びと共に、彼を中心として暴風が吹き荒れ――全員、彼の言葉通りに吹き飛ばされてしまう。


 バタバタと倒れる俺たちを前に、アニロアは軽々と言い放つ。


「人間如きが調子に乗るな。数で攻めれば勝てるとでも思ったか? ……ならこちらも数で応えてやる。――目覚めろッ!」


 力のこもったその言葉が部屋に響くと――部屋の奥で眠っていたはずだった、二十人ほどの村の女性たちが一斉に起き上がる。


 部屋の奥で立ち上がった村の女性たちの目は……紅い。まるで魔人であるアニロアのような、紅色の目をしている。目には生気が無く、自分の意思で動いている訳ではないようだ。


 そして彼女らが立ち上がると、一斉に。こちらへ向かって突撃してくる。


「――俺たちだ! 分からないのか!」

「正気を失っているな……村の皆は同じ村の者で食い止めろッ! そして梅屋君はあの元凶を頼んだ!」


「「「はいっ!!」」」


 村長の言葉に続くように、村人たちは向かってくる、同じ村の女性たちと衝突する。


 ――しかし、相手は魔人に改造されてしまった女性。村の女性たちは、明らかに改造されて手に入れたであろう、圧倒的な威力の魔法を放つ。


 そして何より、俺の味方弱化スキルのせいで周りのみんなは弱体化してしまっていて。


 そんな中で、火に水、土に風、他にも様々な魔法が入り乱れ――


「うわああああぁぁぁッ!!」


 圧倒的な魔法を放つ村の女性たちに軽々と押し返されてしまう。……仮に弱体化していなくとも、こんな強敵相手にこれ以上彼らを戦わせる訳にはいかない。


 俺は激しい痛みもお構いなく、ただ奥で戦況を見守っているアニロアの元へと――走る!


 一歩、一歩、確実に地面を強く蹴り――痛みを超えた俺が出せる最高速度で、まさに一瞬にしてアニロアの目の前へと進む。


「な、人間如きが……速すぎるッ!」


「人間如き、だと?」


 俺は、抵抗するアニロアを前にして言葉を紡ぐ。


「人間だろうが魔人だろうが関係ない。人間如きと侮ったのがお前の敗因だ……ッ」


 言葉を言い終える頃には、こちらに指を向けてあの熱線を放とうとしていたアニロアの、心臓部を貫いた剣はもう既に引き抜かれた後だった。


 心臓に穴の開いたアニロアは、最後に。


「人間……。何故、貴様はその力を手に入れた。貴様、本当に、人間、……なのか?」


 抵抗をやめたアニロアは、ただ一つ、俺に対して質問を投げかけた。


 しかし、死に際に投げかけられたその質問は、俺にとってはとてつもなくくだらない物だった。


「まだ人間とか魔人とかにこだわっていたのか。俺も、村人たちもれっきとした人間だ。でも、俺たちを強くさせたのは……人を護りたいという気持ちだ」


 アニロアは、俺の最後の言葉を聞き届けると、そのままバタリ、と倒れてしまう。


 俺の最後の言葉が彼に聞こえていたのかは定かではない。




 ……自分に力があれば人生は変えられるなんて、幻想とか言ったっけ。それは正しいと思う。


 でも一つだけ、前の世界とは違う事があった。それは、味方がいるということ。


『味方弱化』という最悪のスキルを持っていたとしても。それでもピンチの時には駆けつけてくれる仲間がいたということ。それが、前の世界での俺との明確な違いだった。

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