15.胸騒ぎの正体は
魔人アニロアの討伐と共に、操られていた村の女性たちもそのまま意識を失い、その場でパタリと倒れていく。
「くっ……、遅かったのか……ッ!」
村長はその場で崩れ落ち、悔し涙をこぼしてしまう。
ある人は涙を流し、ある人は悲しみに暮れ。強敵を倒した後だというのに、その場は喜びではなく悲しみが支配している。
それも当然だ。俺たちの目的はあの魔人を倒す事じゃない。――さらわれた皆を助ける事だったからだ。
……その状況を皆が見守る中で、村人の一人が。
「……まだ温かい。脈もある! ……まだ生きてるぞっ!」
「な、何だと……ッ!」
それまで冷たい空気だったのが一転して、村のみんなが一斉に歓声を上げる。
それが契機となったのかは分からないが……それと同時に、意識を失っていた村の女性たちが一斉に目を覚ます。
「……こ、ここは……」
女性のうちの一人が声を上げると、続くように次々と起き上がっていく。
「――目が覚めたぞ!」
おおおおおおおおおおおッ!! という喜びの声が、この薄暗い部屋の不穏さをふき飛ばすかのように爆発する。
あの時、命を賭して戦った村の男たちも、全員顔や体にはキズやアザだらけになってしまっているが、奇跡的に死者は一人も出なかった。
……誰一人欠ける事なく、さらわれたみんなを救い出す事が出来たのだ。
(一件、落着……か)
俺は安堵すると……急激に痛みが激しくなった体を降ろし、座りこんでしまう。
硬い床に座りながら、俺は離れた所で村人たちの再会を見守る。……のだが。
(……あれは?)
何故か一人だけ、その感動の再会の中に紛れていない女性がいる。
その後ろ姿がなんだか寂しそうで、俺は気になって見ていると……彼女がこちらの視線に気づいたのか、目が合ってしまう。
そして、お互いに顔を見合わせると――俺も、その相手も、同時に固まってしまった。
声も出せずに二人とも、ただお互いの顔を見つめ、確かめ合う。
それからしばらくの時間が流れ、そして両者の口が一緒に動くと――
「お兄ちゃん……!?」
「……
互いの声が重なりあう。そして二人は同時に立ち上がり――互いに駆け寄った。
黒髪のショートヘアに、可愛らしい顔立ちで。服は異世界らしからぬ、黒いブレザーの制服。俺が過去に通っていた中学の制服だ。……そして、お気に入りでしょっちゅう着けていた水色のヘアピン。
魔人となってしまった後遺症か、開いた瞳は紅くなってしまっているが。……それは、間違いなく俺の知っている顔だった。
――
***
――話は二ヶ月前に遡る。
俺は授業を終えて、バイトも今日はなかったので高校からまっすぐ、自転車に乗って家に帰ると……。
普段は俺よりも先に家に帰っているはずの妹、唯葉の姿が無かった。
(……居残りか何か……か?)
優秀な妹なのにらしくないよなあ、なんて考えながら、居間に教科書類が入ったカバンを投げ置く。
父親も母親も、俺が小さい頃に交通事故で亡くしてしまった。
しばらくは同じ街に住む祖父母の家に暮らしていたのだが、つい最近になってから、祖父母の仕送りと俺のバイト代で妹と二人、安いアパートを借りて暮らし始めたのだった。
なので家には誰もおらず、すこし寂しい。
……まあ少ししたら帰ってくるだろう。そう思い、俺は高校で出された課題に取り掛かる。
……
…………
………………それから三時間ほど過ぎて。もう時間は七時を回っている。
夕飯を作り終えてしまったが、普段はしてくれるはずの連絡もなく帰ってこないので、さすがにおかしいと思い始めた、その時。
――プルルルルルルッ!
家の電話が、静かな部屋の中に響く。突然でビックリしてしまったが、俺はその電話を取ると――相手は中学校だった。
『夜分遅くに申し訳ございません。唯葉さんは帰ってますか?』
「……いえ。帰ってきてませんが」
『そうですか……。一年二組、唯葉さんのクラスの生徒が一斉にいなくなってしまったもので――』
……は? どういう事だ。いなくなっただと?
「何を言っているんですか? いなくなったって……」
『本当に突然、カバンも教科書も置いた状態で教室から生徒だけが居なくなってしまって……。ただ今、教員総員で探して、警察にも連絡しているのですが未だ……』
何だそれ。そんなバカな事があるか。
たった一人の家族、唯葉を失うことがとにかく怖くて――気がつけば、俺は電話越しに怒鳴り散らかしていた。
「いなくなった? そんな理由で納得してくれるとでも思ったのか! ……絶対に見つけてください。唯葉……妹を」
怒りに震え、そのまま反射的に電話をガチャリッ! と強く音を立てて置く。
……それから懸命な捜索が行われたらしいが、唯葉は。唯葉のクラスメート一人すらも、見つかることはなかった。
そしてこの事件は『神隠し』だとニュースやらで話題になった。しかし、それは、神隠しなんかではなく――
「唯葉も、この世界に……」
まさか、あの時感じた胸騒ぎの正体は……これだったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます