第20話 十四年後の解錠


「こっち…………それからここを曲って……」


 ミロスに手を引かれ辿り着いたその場所は壁があって行き止まり。

 この壁の向こうなら戻って……あれ?でも匂いを辿ってる訳だから……


「……ここで匂いが無くなってる。壁の奥からもしないし…………」


 そう言ってミロスは足踏みをし始めた。

 壁伝い、端の方でその音が変わる。


「うん、ここだ。フィオル、何があるか分かんないから顔見られないようにね」

「わ、分かった」


 被っていた頭巾を深く被り直し、意味もなく拳を握った。何かあったら……私がミロスを守らなきゃ。


 地面に剣を突き刺し引き抜くと、土に埋もれた小さな木の扉が剣先に刺さっていた。

 人ひとり分の幅。空洞が出来たその場所から……階段が姿を現した。


「暗いなぁ……松明持ってくれば良かったかな。昨日の今日で上手く魔力が練られないし……」

「……あっ、ちょっと待ってて。私……出来るかも」


 落ち着いて……ゆっくり……大丈夫……

 優しく手のひらに息を吹きかけると、眩く輝く光の小人が姿を現した。小人は階段の終わりまで照らし、私の肩の上で腰に手を当て自慢気にしている。

 

「ふふっ、相変わらずミロスそっくり。小人さん、宜しくね」


 私に頬ずりをする小人。それから、なんとなく不機嫌なミロス。


「…………ここだ。フィオル、離れないでね」

「うん……気をつけてね」


 行き着いた場所に現れた扉に触れると、光の小人は消えてしまった。


「この部屋……魔除けのまじないが掛けられてるみたい」

 

 慎重に扉を開けると、そこには小ぢんまりした部屋が存在した。

 机、布団、本棚……それから、椅子に座り私達を見つめる一人の……女の子。同い年くらいだろうか?


「へぇ……よくここまで来れたな、田舎者」

「口が悪い奴だな……財布返せよ」

「僕ちゃんの方こそ口の聞き方なってないんじゃない? こう見えて僕ちゃんの倍は生きてるから」

「わ、私は女だ!! 乱暴なことはしたくない。頼むから返してよ」

「嫌だね。街中で堂々と腰に財布ぶら下げるそっちが悪い。田舎者丸出し。さ、帰った帰った」


 足でミロスを追い返そうとする女の子。その足に噛み付くミロス。どうしよう……ガルドもいないし……田舎者だし……


「……ふふっ。確かに私の村は凄く田舎だよ。学校も無いから皆んな隣町まで行ってたし、貨幣なんて見たこと無かった。でもね、緑いっぱいで……皆んな優しくて、動物たちも友達で……とっても素敵な場所だった。ミロスの村は?」

「私の? ……まぁ田舎だよね。学校無いし店無いし。果樹園がいっぱいあって……食べきれない程実が出来るんだ。だから友達皆んなで果物投げつけて遊んで…………よく怒られたなぁ」


「ふふっ、楽しそう。あなたの故郷はどんな場所なの?」

「…………アタシは都出身だ。父上は……少し辺鄙な村の出だったらしいけど」


 言葉の分だけ近づく距離感。

 都という言葉に、少し胸が踊る。


「都で生まれたの!? 凄いんだね。都ってどんな所? 私達都に行く旅をしてるの」

「……このグランを見てアンタはどう思った?」

「人も活気も凄くて立派な街だなって思ったよ」

「まぁ表向きはそうだよな。ここに来る時、壁があったろう? あれの奥は貧困街なんだ。今を生きるのに必死な連中しかいない。それを隠すように国は壁で覆ったんだ。でもな、都リジェレフは違うんだ!! 皆んな顔が輝いてるっていうかさ、人と人に垣根が無いんだよ。リジェレフの──」 


 嬉しそうに、自慢気に都を語る女の子。

 その会話の中、何度も出てくる“リリ樣”という名前。

 この人は……私の産みの親を知っている。

 どんな人だったのか……聞かなくても伝わってくる。だって……


「──で、リリ樣は……あ……悪いな、アタシばっかりこんな……」

「ふふっ、いいよ全然。好きなんだね、その人が」

「…………その言葉……」


 ◇  ◇  ◆  ◆


【それで父上が忍び込もうとした盗賊達を……す、すみません。アタシばかり喋ってしまって……】

【ふふっ、気にしなくていいのよ? 好きなのね、お父さんが】

【はい! 父上もリリ樣も……リジェレフの全てがアタシは──】


 ◆  ◆  ◆  ◆


【ここにいる者だけに言っておきたい事があります】

【リリ樣……リンが盗み聞きを……】

【リンもいらっしゃい? あなたにもいつか……お世話になる日が来るもの】

【してリリ樣、どのようなお話で?】

【このお腹にいる子の名を教えます。一つ条件として、この子自身が名乗らない限りあなた達はここで起きた出来事を思いだせないよう魔法で鍵を掛けます】

【まるで我々が散り散りになりリリ樣がいなくなるような口ぶりですが……】

【リリ樣、何故そんな物騒な話を……】

【……ふふっ、女の勘ってよく当たるの】

【リリ樣、ガルド様がいないけど……いいんですか?】

【カルドには既に伝え別の鍵を掛けたから大丈夫。いつの日かこの子があなた達の前で名を名乗ったのなら……私にくれるものと変わらぬ愛をこの子に注いでください。この子に残せる私の宝物は、他でもないあなた達。王妃ではなく母親として……友として、この子をお願いします。名は────】


 ◆  ◆  ◇  ◇


「フィオル、コイツなんか様子がおかしいんだけど……大丈夫かな?」

「おい……アンタ……名前は……?」

「私? フィオル。フィオル……ユイスン? だっけ?」


 その瞬間、地鳴りが上から聞こえ大量の土埃が部屋を舞った。

 咄嗟に私の上に覆い被さり守ってくれたのは……ミロスよりも早く動いた目の前の彼女。

 初対面なのに……どこか懐かしい感じがした。

 そっか……雰囲気がガルドに似てるんだ……


「フィオル様、裏から逃げましょう。本棚の後ろに階段があります。おい僕ちゃん、部屋から使えそうな物持ってきな。丸腰じゃ話にならないだろ?」

「なんだよ急に態度変えやがって……っていうか私は女だし」

 

 階段を駆け上ると見えた出口。

 さっき言ってた壁の……反対側だ。ここが貧困街……


「フィオル様、アタシから離れないでください。逃げながらは……無理そうなので」


 目の前の壁が爆風で吹き飛ばされ……彼女は片手で全ての瓦礫を防いだ。

 鎧を纏った兵士達の先頭に立つ、膨大な魔力を放つ一人の魔道士。素人の私が見ても分かる力の差……思わず息を呑む。


「フィオル、私が時間を稼ぐから……逃げて」

「駄目だよミロス。そんな身体じゃ無理だよ」


「まぁまぁこれはこれは……番号持ち様が貧困街になんのようだい?」


「悪童、死にたくなければ退け」


「嫌だね。アタシは託されたんだ。お前をぶっ飛ばして……そうだな、今日からアタシが番号を名乗ってやるよ。なぁ? 元三番」


「糞餓鬼め……殺す」

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