回答編 ちょい長版/見た目も大事です



良い話と悪い話。

片方を選んだところで、もうひとつも聞かなくてはならないのなら、どちらが先でも変わらないのではなかろうか。


と思うのは、シロウトの浅はかさ。

コース料理を食べるのに、どういう順番でも構わない、なんてことはないだろう?

だったら、甘いもの(=良い話)は最後に食べるのがセオリーじゃないか?


そう考えて、

「悪い方から」

それこそわざと『コオロギ(=苦虫)を丸の姿のまま』噛み潰したような顔をして言ってみたんだ。


「関川くんらしいね。悪い方から聞くのって」


そう言って笑ったとりちゃんは、すぐに顔をきりりと引き締めた。


「それじゃあ、悪い方から話すよ?


あのね、私、去年からかなり体重が増えちゃってて。今、未知の領域にまで足を踏み入れてるの。このまま夏を迎えるのは絶対にイヤだから、ダイエットすることに決めました。という訳で、関川くんとこうやって美味しいのを食べに行くの、しばらくお休みさせて?」


なあんだ。そんなことか。

拍子抜けして、つい顔が緩んでしまう。


「残念だけど、そういうことなら仕方ないね。とりちゃんのダイエットが終わるまでおとなしく待ってるよ。

あ、そうだ。だったら予約取るの難しくってまだ行ったことのない店が他にもあるから、そこで食べるのをダイエット成功のご褒美にしたら、やる気アップするんじゃない? 無事に成功したら奢るよ?」


「わわ。それは嬉しい! モチベーション上がったー。関川くん、大好きっ」


これくらいのことで『悪い話』なんて言うとりちゃん。ぼくの他愛もない提案に目を輝かせて喜んでくれるとりちゃん。もうほんとになんて可愛いんだ。ぼくのほうこそとりちゃんのことが大好きなんだけどな。と思いつつ、


「で、良い話の方は?」


心構えなんて何もしないままウキウキ気分で尋ねる。


「ああ。それはね」


とりちゃんは笑顔のまま、横に置いていた大きなバッグの中から新聞紙で包んだものを取り出して、テーブルの上に置いた。


「あのね、関川くんにはずっと黙ってたんだけど、実は私、去年から焼き物教室に通ってるの」


「焼き物?」


寝耳に水で、思わずオウム返しする。


「うん。ほら、『食べ物って味はもちろん大事だけれど、見た目も重要だと思う』って関川くん前に言ってたでしょう? 『忙しい時は無理して作らなくても、買ってきたお惣菜をお気に入りのお皿に丁寧に盛るだけで十分ステキだよ』って励ましてくれたのも忘れられなくて。だから、料理が映えるような器を作って関川くんにプレゼントしたいな、って思ってたの。関川くん、私よりよっぽど料理上手だし、盛り付けにもこだわってるし」


とりちゃんがそんなこと思ってくれてたなんてちっとも知らなかったから、嬉しすぎて言葉に詰まってしまう。


「で、ようやく最近、それなりに満足のいく器が作れるようになってきたから、私と外に食べに行けない間、これでおうちごはん楽しんでくれてたら嬉しいな、って」


ついこの前、焼き上がったばっかりで、陶芸教室の工房から慌てて持ってきたから、きれいに包んでなくってごめんね? と恥じらうように頬を染めているとりちゃんがもう愛おしくてたまらない。


「ありがとう。その気持ちだけで胸がいっぱいだよ。開けてみてもいいかな?」


「もちろん」


大きく頷くとりちゃんにむかって微笑んでから、包みに手を伸ばし、そっと開いた。そうして中から出てきた皿を一目見て、ぼくは言葉を失った。











「ここここ、これは……」


ようやく振り絞ったぼくの声を聞くなり、とりちゃんはそれはそれは嬉しそうに説明を始める。


「これはね、ダンゴムシ、をモチーフにしたボウルです。どう? 可愛いでしょ?」


「……ダンゴムシ」


「そう。ダンゴムシ。

ほら、ボウル、って便利で使い勝手がいいけど、どれも似たようなのばかりで白っぽいのが多くてツマンナイじゃない? これだと鉄錆色で渋いでしょ? 何より白いものを入れた時に映えるの。例えばヨーグルトとか、オートミールとか、そうそう、お粥なんかもいいと思う。私、これから毎日、このボウルでそういったダイエットメニュー作って食べる予定。もちろんサラダもぴったりのはずだし、スープもいいよね。ミネストローネでもポタージュでも何でも合うよきっと」


嬉々として説明を続けるとりちゃんの言葉の半分も、ぼくの耳に入ってはこなかった。代わりにぼくの目は器に釘付けになってしまって離れない。


器。そう、ダンゴムシを巨大化したような、ボウル。

それはまるで金属製のウロコか何かのように段々状にきれいな半円を描いている。ご丁寧にも端には顔、縁には足のようなものまでデザインされていて、半分丸まりかけた姿そっくりだ。色だってかなりリアルで、ここまで似せたものを作るのはずいぶん難易度が高いんじゃないかとシロウト目にも唸らせられた。そして、どういう訳だか端っこに一部、トゲのようなものが付け加えられている。トゲ。

トゲ?


「とりちゃん、これは何?」


震える指で指し示したそれを見て、とりちゃんは照れくさそうに笑った。


「ああ、それはね、陶芸教室の先輩に大好きなひとがいるんだけど。あ、もちろん女のひとね? すっごく可愛くって優しくって大好きなの。その彼女が『トゲがついているのもいるのよ?』ってわざわざ画像見せてくれたから、調子に乗ってつけて焼いてみたんだ。ふたつだけ折れずにうまく焼けたから、関川くんとその先輩に特別プレゼント。


トゲがついてないので良ければまだ6個あるから、もし割れても気にしないでね? それよりたくさん使ってくれるほうが嬉しいな。ああ、それから今日は急いでたからボウルしか持ってこなかったけど、このダンゴムシのモチーフ気に入ってて、大皿も取り分け皿も大きなサラダボウルもセットで作ってるの。そのうちマグカップも作るつもりだから、朝食くらいなら全部ダンゴムシで揃えられるよ? もっと上手になったら、ヘラクレスオオカブト型のバゲットトレーなんてどうかな? それともミミズの方がダンゴムシとセットっぽいかなあ。どう思う? で、次、作ろうと思ってるのは……」





いつになく饒舌なとりちゃん。

いつになく目が爛々らんらんと輝いている(気がする)とりちゃん。

そう言えば、いつになく食べる量が少なかった(いつもなら必ずするはずのバゲットのおかわりをしなかった)とりちゃん。



あ。



もしや、これは。

あの、コオロギの一件からか、な……。

ということは。



「はは。思いの外早く、またふたりで食べに行けそうなお皿だね」


無理やり笑顔を作ったぼくは、口の中でもごもごと「スパイスの利いたプレゼントと『良い話』をありがとう」と続けて呟くよりほかなくなってしまったのだった。







「オムライス」This is LAST

https://www.youtube.com/watch?v=g3F93rkAbjY




※コオロギ云々が分からなかった方は、少々前のこちらも合わせてお読み頂ければ♡

 「②料理の腕前 ちょい長版/グルメなあなた」

https://kakuyomu.jp/works/16816452219850544840/episodes/16816452219855762733




※今回の話は、こちらの諸作品からインスパイアされて書きました。

 ダンゴムシがお好きでしたら、ぜひ♪

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884054049/episodes/16816452220569359098

  


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