回答編 ちょい長版/グルメなあなた
「とりちゃんと一緒に試してみようと思って買っておいたのがあるんだ」
関川くんの声が背後で弾む。
「なあに?」
包丁を使っているから目は上げられなくて、声だけで尋ねた。
関川くんの嬉しそうな声、かわいいな。この料理、食べたらもっと嬉しそうな声になるのかな、なんて思うと私までウキウキしちゃう。
「ナイショ。でも、きっと喜んでくれると思うんだ」
新しいスパイスとか調味料か何かかな、なんて思いながら切ったトマトを仕上げに飾ろうとすると、あれ? 何かよく分からないパウダーみたいなものが既に料理全体に振りかけられている。
これのことかしら。試したいもの、って。
「何、かけたの?」
トマトをひとつずつ皿の周りに載せていきながら関川くんをちらっと見る。
彼の手には、何かの袋。
「とりちゃん、『ダイエットしたい』って言ってたから。
これ、低カロリー高タンパクで、しかも美容にもすごくいい、って評判なんだって」
「そんなスーパー食品ってあるんだね」
そう言えばひと頃、キヌアとかアサイーとか流行ったっけね。近頃はあんまりきかないけど、ああいうのの新しいのかな? なんて思って、関川くんが持っている袋をよく見てみた。袋の絵、あれは、バッタ。バッタ?
は? 何、それ。
思わずそのまんま言葉が洩れた。
「ちょっとその持ってるやつ。それ、何?」
「これが、ねえ。凄いんだよ」
私の前に突き出された袋の文字。
『昆虫食姿ミックス』……。
「バッタとコオロギなんだけど、そのまんまの姿だと気になるかなって思って、あらかじめすりつぶしておいたんだ」
去年はコオロギせんべいってのが◯印良品から出て売れたらしいよ? なんて能天気な声が忌々しく響く。
「……関川くん? 一言でいいから使っていいか聞いてよ。食べ物の恨みは恐ろしいんだよ?」
「え? ごめん。何かマズかった?」
「マズイも何も、勝手にそんなことしないで欲しい。作ったのは私なんだから」
「そそそうか。ごめん。でも、味にはほとんど干渉しないから」
「そういう問題じゃない!! 好きか嫌いかの問題なの!!」
「だから好きとか嫌いなんて言うほど、味はしないんだけど……」
「味以前でしょ。昆虫なんて無理!!」
「え? でも、そんなこと言うけど、とりちゃん、さっきからもう使ってるよ?」
「ちちちち、ちょっとどういう意味それ!?」
「だってウチの塩、『コオロギ塩』って言って、コオロギの粉末が入ってるんだよ?」
味がふつうのと違ってるから気付いてるかと思ってたんだけどな? なんてトボけた顔をして言っている関川くんに対し、この時ばかりは殺意を抱いた。
「……覚えておいて、関川くん。味云々の前に、そういうものを知らせずに食べさせるのは、はっきり言って犯罪行為に等しいから」
怒りをぐっと押し殺しながら、目の前の包丁を睨んだ。そうして出来上がったばかりの全ての料理を、一口も食べないままダストボックスの中に全部放り込んだのだった。
「おじゃまむしの歌」こおろぎ'73
https://www.youtube.com/watch?v=HXXTti--fXw
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