エピローグ

少女たち

 七月最後の土曜日。


 朝から空は気持ちよく晴れて、午後になったいまでも太陽が元気に笑っている。


 私の身体が元に戻って一週間になるけど、その間はとくに大きなことはない。


 あえて言えば夏休みに入ったことぐらい。


 球体でいるときは実戦として公欠扱いになっているし、終業式にはきちんと間に合ったからね。


 その点に関しては堂々としていられるけど、魔女が私の姿をして伶子ちゃんと接触したのを見ているから、思い出してしまうのは何とかしないといけない。


 それはそれとして、まずは今日のことをしっかりしないと。


 ──今日は瑠羅ルラちゃんたちと会うんだから。


 別に戦うわけじゃなく、球体になっていた私がどういう人か気になっていたらしい。


 それでほむらちゃんが、私と会えるようにセッティングをしたんだ。


 会場での待ち合わせで、ほむらちゃんは五人と一緒に来るから、私は聖名夜みなよちゃんと二人で行くことになった。


 さすがに女都羅メトラさんは彫刻状態で無理だったけど。


「みんな元気かしらね」


 ちょっと気遣いながらも、楽しみなかんじの聖名夜ちゃん。


 黒を基調にしたツーピースを着て、とてもよく似合っている。


 腕は肩まで肌を出しているけど、全体的に魔導士の印象があるわね。


「そうだね。いろいろ話してみたい」


 答える私はピンクのチュニックにブルーのデニムパンツだから、聖名夜ちゃんに比べるとラフな格好。


 会場は街の真ん中、大通りにあるから、しばらくこのまま歩いていくことになる。


 この辺りは駅に近いから、建ち並ぶビルは商業目的の他に十五階くらいある大きなホテルなんかもある。


 だから、あんな風に執事をともなったピンクの上品なワンピースを着たお嬢様がいてもおかしくない。


 て、あれ?


 あの子、どこかで見たような……。


 !


 ユキちゃんだ!


 会ったときに比べて大人な雰囲気だけど、間違いない。


 将来を有望視されて輝く未来があったにも関わらず、吸精鬼にそれを奪われた女の子たちの一人。


 その無念が集まり代表する形で現れたのが、彼女の当時の姿。


 いってみれば本体の子が、十メートルほど先のホテルにいる……。


 あ。


 目が合った。


 笑顔でそっと会釈をするユキちゃん。


 私もちょっと立ち止まって会釈を返す。


 すると、ユキちゃんは執事の人と黒光りする高級車に乗り込んでそのまま去っていった。


「? どうしたの優子ちゃん」


「うん。じつわね──」


 私は歩きながら、ほむらちゃんと一緒に戦って吸精鬼を倒したユキちゃんについて話した。


「そう。チラッとしか見なかったけど、あの子が……」


 いちおう、ほむらちゃんからも聞いていたから、聖名夜ちゃんはすぐに分かってくれた。


 会ったのは無念の気持ちの方だから、彼女は私やほむらちゃんのことを知らないだろうけど、何か感じるものはあったんじゃないかな。


 だって、わざわざ会釈をするくらいだからね。


 ──そうやって話しているうちに、大通りへ入る手前の横断歩道についた。


「あ」


 信号待ちをしていると、聖名夜ちゃんは何かに気づいて声をだした。


「優子ちゃん、見て。あそこの乗用車の助手席に座っているの、香澄さんだわ」


「ええ?」


 慌てて右からくる乗用車を見ると、確かに乗っているのは香澄さんだった。


 赤いナース服のときと同じ顔で、いまは赤い私服を着ていた。


「運転してたのイケメンだったわね。デートかな」


 通り過ぎていく乗用車を見ながら聖名夜ちゃんが言った。


 確かに、運転していたのは香澄さんと年が近いかんじの、爽やかな雰囲気のある男の人だった。


 二人ともお洒落な格好で、楽しそうにしていたから、聖名夜ちゃんの言うとおりデートなんだろう。


 社会人なんだし、ドライブをして、夜には一緒に食事をして、お酒を飲んで、それから……。


「た、たぶん、そうよね。今度、香澄さんのライブに行ってこようね」


「?」


 あぶない、あぶない。


 いけない想像をするところだったわ。


 ──青信号になって横断歩道を渡り、大通りへ入っていく私たち。


 この通りは五百メートルほどにわたって五階建てくらいのビルが建ち並び、飲食店や各種専門店が展開していて、私服の学生たちや、休日を楽しむ大人たちが行き交い賑わいをみせている。


「えーと、ここね」


 スマホの画面と、実際の建物を見て確認する聖名夜ちゃん。


 そこは三階までカラオケボックスになっているお店。


 去年できたばかりだから、とてもきれいで立派。


 規模も市内では一番の大きさじゃないかな。


 学校でもよくその名前を耳にする。


 私たちは中へ入り、受付のお姉さんに声をかけた。


氷高ひだか聖名夜さま、槌木つちき優子さまですね。中沢なかざわほむらさま他、五名のお客様が先にいらしてます。三階、312号室へどうぞ」


「ありがとうございます」


 待ち合わせ三十分前だけど、ほむらちゃんたちはもう来てたみたい。


 そのまま奥にある、エレベーターにのって教えてもらった部屋へ向かった。


 じつはここ、ほむらちゃんの一族が関係しているお店でもある。


 日本の陰で日本に害なす侵入者や魔物を排除してきた一族、火狩ひかり


 社会に溶け込んだ戦闘集団の、拠点の一つがここというわけ。


 そういうこともあって、中沢家傘下に入ったかたちの瑠羅ちゃんたちと会うにはうってつけの場所だといえる。


「あ、312」


「ここね」


 部屋を見つけ、私はドアをノックした。


「どうぞ」


「お邪魔しまーす」


 ほむらちゃんの声を受け、私は静かにドアを開けて中へ入った。


「お、優子に聖名夜。早かったな」


 振り返るようにして、ほむらちゃんが言った。


 炎の龍が描かれたTシャツに、赤の七分裾ズボンをはいて、とてもほむらちゃんらしい格好ね。


 部屋の広さは二十畳くらいかな。


 真ん中にテーブルがあって、それを挟むようにソファーが並んで、壁に大きな機材がある、カラオケボックスとしては一般的なものじゃないのかな。


 そして奥に、スーツ姿の四人とセーラー服の子がいた。


「君が優子か」


 言いながら明るい茶髪をポニーテールにした子が私に歩み寄ってきた。


「初めまして。利羅リラです。よろしく」


「よろしく」


 差し出された右手に握手して私は答えた。


 勇ましくも繊細さを感じるのはさすがに剣術家といったところかしらね。


「へえ、げんを使うからどんな奴かと思ったら意外と普通だな」


 そう言うと銀髪をウルフカットにした子がやって来た。


「俺は狼羅ロウラ。よろしくな」


「うん、よろしく」


 さすがパワー系。


 握手も元気がいいわね。


「私は伶羅レイラ。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく」


 上品にお辞儀してから握手する伶羅ちゃん。


 きれいな金髪ロングストレートの上には制帽がのっている。


 スーツ姿でも、これは欠かせないのね。


「拙者、雷羅ライラと申す。よろしく」


「よろしくね」


 さすが忍者。


 瞬間移動なみの速さで現れたわ。


 握手をしながらあらためて見ると、黒髪ショートに褐色肌だから、本当に向いていると思う。


 ──そして、ゆっくりとやって来るレモンイエローの髪をツインテールにした、セーラー服の子。


「初めまして優子。わたしは瑠羅ルラよ。よろしくね」


「ええ。よろしく……」


 自身を犠牲にしてみんなを助けようとしたときに、球体が瑠羅ちゃんの中に入ったせいかな。


 なんか鼓動のようなものを感じる。


「ようし、ひと通り挨拶したな。それじゃあ、少し早いが始めようぜ」


 ほむらちゃんがそう言ってお店に連絡すると、店員さんが次々とオードブルを持ってきた。


 女の子だけとはいえ八人だからかなりの量。


 今日はみんなに会うからだけど、日をあらためてほむらちゃんと聖名夜ちゃんにおごらなきゃね。


 ……。


 狼羅ちゃん、すでにお肉をロックオンしてる。


 瑠羅ちゃんたちは造られたとは言え、普通に食事からエネルギーを摂取するみたいだから、そういう心配はないんだけど、そうなると一体何が違うのかなって思う。


「全員、ジュースもったか」


 店員さんが運び終わり、コップの状況を確認するほむらちゃん。


 みんな未成年? だから飲み物はウーロン茶かオレンジジュース。


 それぞれ好みのものを入れている。


「じゃあ優子」


 促されて私は一歩前に出た。


「いろいろあったけど、今日から友達。よろしくね。乾杯!」


「乾杯!」


 いっせいにコップを挙げて飲むと、そこから笑顔が広がった。


 今回はいろいろと知ることができたし、友達も増えた。


 そして、──お父さん。


 そのありようを教えられた。


 受け継がれたチカラをどうするか、今一度考えなきゃ。


「ちょっと狼羅、飛ばし過ぎよ!」


「いや、これめっちゃうまいって!」


 狼羅ちゃんを注意する瑠羅ちゃんにみんな笑った。

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君は少女をみたか! 一陽吉 @ninomae_youkich

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