二章 ミストアイドル
第1話 ライブ&トーク
「病院……」
右手にある球体の反応を確かめながら呟く、
目の前にあるのは、街の中心から遠く離れたところにあるTJ病院。
住宅地と畑が広がる場所に建てられた、四階建ての病院で、自動車が百台は停められる駐車場があるから、規模の大きさが分かる。
いまは夜の十時を過ぎていることもあって、街灯があたりを照らすだけ。
しーんと静まりかえっている。
入院している患者さんだって眠っているわね。
ほむらちゃんのことが終わって、私の意識は聖名夜ちゃんの球体にシフト。
私にできることはないけど、せめて見届けるくらいのことはしたい。
あとで、ほむらちゃんと一緒に美味しいものを
「──中、いえ、屋上かしら」
敷地に入る聖名夜ちゃん。
どんな状況にあっても対処できるように、魔導服を着てる。
そして、存在を消す魔法も展開しているから、防犯カメラなんかにも映らない。
聖名夜ちゃんは魔導士だからこれくらいはお手のもの。
ふわわ~と、飛んで屋上へも行っちゃう。
ストっときれいに下りて、あたりを見回す聖名夜ちゃん。
床は平らなコンクリート製で、特に変わったところはない。
ビルの屋上を紹介するにはちょうどいい、お手本のようなかんじ。
広いし、障害物もないから、思いっきり運動ができそう。
ただ、外壁にある病院名の照明がちょっとあるだけで、普通に暗いけどね。
「!」
そこに誰かいた。
この時間、この場所にいるのは怪しいわね。
聖名夜ちゃんも警戒して身構える。
肉眼では暗くて見えないから、魔力の眼で見てると思う。
球体の私も、ぼんやりと見て取れる。
そこにいるのは、女の子?
年は私たちと変わらないかんじだけど、衣装を着ている。
フリフリのミニスカート、腰にでっかい羽みたいなリボン、肩や胸元が見えるビスチェ。
明るい茶色の髪はツーサイドアップになっていて、赤い小さな王冠が乗っかている。
そして右手にはマイクを持っている。
これはどう見てもアイドルだ。
向こうも気づいたようで、こっちを見ながら微笑んだ。
あれ?
存在を消す魔法は発動中よね?
疑問が解消されるまえに、彼女は向き直り両手を上げた。
すると、彼女を中心に光がパーッと広がり、病院を明るく照らした。
いや、照らしたって言うより、空間が明るくなった、が正解かな。
病院全体に及んでいるような光だけど、結界みたいなもので、はたから見れば変化はないと思う。
そして彼女はマイクを寄せて歌を歌った。
演奏無しのアカペラ。
流行りの曲に詳しいわけじゃなけど、聞き覚えのない歌。
多分、オリジナルの曲。
でも、相手を思いやる優しい歌。
歌詞も声も、とても穏やかで安心感に包まれる……。
聖名夜ちゃんも警戒を緩めて聞き入ってる。
と、病院から光の粒が舞いあがってる。
建物ではなく、これは……、患者さんの、心?
え、心ってヤバいんじゃ……。
む。
でも待って、この舞い上がる光の粒は、心は、歓喜。
あの子の歌声に、患者さんたちの魂が喜んでいるんだわ。
つまり、拍手のようなものが、こういう形で表されているのね。
心を吸い上げているとか、そんなのじゃなくて良かった。
私、いまは球体なんだけど、こういうのは分かる。
父さん譲りのチカラで。
それで困っている人を助けたり、悪者をやっつけたりしてきた。
相手の力を支配することもできるけど、それは場合によって。
最初からそうしたことはない。
──歌が終わると、広がっていた明るさが消えて、元の夜に戻った。
余韻みたいに、光の粒はまだ少し上っているけど……。
「すばらしい歌だったわ」
拍手をしながら近づく聖名夜ちゃん。
左脇に七十センチのステッキを挟みながらだけど、その言葉に嘘はない。
興奮気味で、目が輝いている。
音楽好きでもあるから、よけいに響いたみたい。
「ありがとう」
その子は向き直り、笑顔とともに答えた。
近くで見ると、ちょっと背が高いし、すごい美人だけど、親しみやすさがあるわね。
「いつもこうして歌っているの?」
「いいえ、今日が初めて。これがあると、できそうだなと思って」
そう言ってその子は、スカートのポケットから球体を出して見せた。
間違いない。
あれは私だわ。
魔女も込みだけど。
「あなたも持っているんでしょう?」
「ええ」
聖名夜ちゃんも右手から球体を出して見せる。
……。
なんかこうして見せ合うと変な気分になるわね。
「単刀直入に言うわ。その球体は友達を助けるのに必要なの。渡してくれるかしら」
「友達?」
「ええ……」
すると聖名夜ちゃんは事のいきさつを話した。
といっても必要最小限の範囲でね。
「──そう、分裂したのね」
「だから、全部集めて元に戻したいの」
じっと見つめる聖名夜ちゃん。
「それじゃあ……、仕方ないわね。分かったわ」
その子はちょっとガッカリした顔を見せたけど、それに応じてくれた。
「ただ、明日まで待ってくれないかしら」
「明日?」
「うん。さっきの見たでしょう。入院で塞ぎ込んでた患者さんの心が開放されて喜んでいるのを」
「見たわ」
「じつは私の知っている患者さん、明後日に大きな手術を控えているの。だから前日にもう一度歌って、励ましてあげたいと思って」
「……」
「だめ、かな?」
その目に嘘はないし、本心だと思う。
慌てることもないから、私はいいわよ、聖名夜ちゃん。
「オーケー。明日また、この時間に来るわ」
「わあ、ありがとう!」
聖名夜ちゃんが微笑んで言うと、その子はパーッと花が咲いたように笑顔をみせた。
「明日、一曲歌ったら必ず渡すわ」
「お願いね」
「うん! あ、わたしは
「私は、
「氷高、聖名夜……、素敵な名前ね!」
「ありがとう」
香澄ちゃんの素直な感想に、聖名夜ちゃんも嬉しそう。
「それじゃあ、わたし、そろそろ戻らないといけないから。氷高さん、また明日!」
「ええ、明日」
そう言うと香澄ちゃん、身体が霧みたいになって消えて行っちゃった。
……。
……。
霧?
霧っていったら、吸血鬼。
香澄ちゃん、吸血鬼?
それに球体の反応。
彼女はまだ病院にいる。
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