第2話 リーンカウンター

 ──翌日。夜の九時くらい。


「じゃあ俺は、もう一つの方へ行ってくる」


「了解。気をつけてね、ほむらちゃん」


「おう」


 スマホを使って、聖名夜みなよちゃんとほむらちゃんの会話。


 香澄かすみちゃんのことを含めて、連絡したわけね。


 聖名夜ちゃんはいま、TJ病院から少し離れた小さな公園にいる。


 住宅地の中にあるとはいえ、 この時間は他に誰もいないから、街灯が寂しくあたりを照らしている。


 これから会いに行くけど、ちょっと気になるのは香澄ちゃんの素性。


 歌を歌って、元気づけ、霧になって消えた。


 けど、球体の反応は病院から変わらない。


 ということは、病院の関係者か患者さんだと考えられるけど、ほむらちゃんが調べた。


 堀北香澄ほりきたかすみ、二十五歳。


 TJ病院に勤務する女性看護師で近くのアパートに一人で暮らしている。


 お父さんは市役所に務め、お母さんはスーパーでパートをしていて、兄弟はいない。


 両親ともに人間で、一戸建てに住む、ごく普通の家庭。


 吸血鬼とかそういった魔人的な要素はないし、魔法を使うようなことも、経歴上なさそうなのよね。


 霧になったけど。


 いちおう明日、つまり今日受け取るといって話がついたわけだし、球体を持っている以上、お互い、居場所が分かる。


 変な動きをして信頼を壊すようなことはしたくない。


 患者さんのために歌った真心は本物だと感じたし、それは聖名夜ちゃんも同じ。


 だから、香澄ちゃんが信じることにしたんだ。


「そろそろかな。行くよ、優子ちゃん」


 スマホをポケットに入れ、球体の私に声をかける聖名夜ちゃん。


 了解!


 昨日みたいに存在を消す魔法が発動しているから、通りかかる自動車からも聖名夜ちゃんを視認できない。


 方向が分かっているから、飛行魔法も駆使して移動。


 あっという間に、病院前に到着したわね。


 少し早かったかなと思ったけど──。


「はじまってる……」


 見ると、四階建ての病院が光に包まれ、光の粒が舞い上がってた。


 香澄ちゃんが歌っている証拠だ。


 そして……、きれい……。


 私と聖名夜ちゃんしか分からないものだけど、暗い夜にあって希望が見えるような、温かさが伝わるような、そんな感じ。


 見とれちゃう。


「邪魔しないように、そっと行きましょう」


 呟くように語りかけて、聖名夜ちゃんは、病院の屋上へ飛んで、端のあたりに下りた。


 衣装は昨日と同じだけど、もう何曲も歌っている感じで、もの凄く汗をかいている。


 誰かが見ているわけじゃないけど、その表情は笑顔。


 本当に歌が好きで、元気づけたいのね。


 その曲を歌い上げると、病院に展開されていた光が消え、現実の夜に戻った。


 夜空の星々が私たちを見下ろしている。


「あ、氷高ひだかさん、きてたのね」


「ええ、ちょっと早いかなとは思ったんだけど」


 言いながら歩み寄る二人。


 香澄ちゃんは歌い終わったばかりだから息が荒いままだ。


「一曲だけのつもりだったけど、歌えるだけ歌ったわ」


 そう言って、にっこり笑う香澄ちゃん。


「そう、それは良かった」


 聖名夜ちゃんも微笑んで答える。


「それじゃあ、これを」


 スカートのポケットから、香澄ちゃんは私の片割である球体を取り出す。


「ありがとう」


 言いながら受け取ろうと右手を差し出す聖名夜ちゃん。


 二人の右手が触れた瞬間、


「!」


「!」


「おいおい、ちょっと待ってくれよ」


 制止するおとなの声。


 それは、香澄ちゃんの方からした。

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