第5話 ユキたち

「立てるか?」


「ええ……」


 ぐったりとしながら、しゃがみ込んでいたユキちゃん。


 何とか自分で立ち上がったわね。


「ここにはもう用はねえだろう」


 ほむらちゃんがうながすと、ユキちゃんはうなずいて答えた。


 さりげなく変態さんの服を燃やして、二人は出口へ。


 灰も残さず燃えちゃうから誰かに気づかれることもないし、いいわね。


 ガラス戸は変態さんの影響がなくなったから、普通に開けることができた。


 と、そのまま行っちゃうけど、鍵……。


 だ、大丈夫よね。


 ここは日本で田舎の地方都市。


 そうそう、悪い人はいないわ。


 たぶん。


「──今夜はいろいろ、ありがとう」


 校門を出て、鉄製の扉を閉めながら言うユキちゃん。


 あ、ここでは鍵をかけるのね。


「俺もムカついたし、気にすることはねえよ」


 さらりと返す、ほむらちゃん。


「いままで、あいつにあらがうこともできなかった。だけど、これのおかげで可能性がみえた。結果はあなたが倒したけど、これ以上、犠牲がでなくなって、本当に良かったわ」


 ユキちゃんは左胸にあるポケットを両手に当てた。


「すべてはこれのおかげだわ」


 そこにあるのは球体。


 私と魔女の身体が分かれたもの。


「じゃあ、あとはお友達を助けてあげて」


 そう言うとユキちゃん、球体を取り出した。


「ああ」


 ほむらちゃんは右手を差し出し、それを受け取る。


 ──その瞬間、もう一つ、女の子の手が現れた。


 ユキちゃんと半分重なるようにしている、剣道着を身に着けたショートポニーの子。


 戦いのときに出てきた子だ。


「ありがとう」


 そう言って微笑むと、その子は夜空へと浮かび上がっていった。


「ありがとう」


 カンフーっ子が浮かび上がる。


「ありがとうっ」

「ありがとう!」

「ありがとう……」

「ありがと」

「ありがとさん」

「ありがとー」

「ありがとね」


 ボクシング子、空手子、弓道っ子……。


 戦いのときに現れた子たちのほかにも、制服姿の女の子たちがほむらちゃんと手を重ね、お礼を言って浮かび、夜空に吸い込まれていく。


 何十人いるんだろう。


 この子達はみんな、あの変態さんの犠牲になったんだ。


 将来を有望視され、希望に向かって努力したのに、それを奪われた。


 絶望の闇に沈み、生きる意味を失った。


 だけどそれも今日で終わり。


 積み重ねられた無念の思いが次々と晴れていく。


 ──そして最後、ユキちゃんが残った。


 はかなげな一人の少女。


 私は理解した。


 ユキちゃんは球体を核にして現れた、無念の象徴。


 球体が街を飛んだとき、その無念が集まって一つになり実体化したんだ。


 浮かび上がっていく女の子のなかに、この学校の制服を着た子もいたから、その子の記憶からいろいろと知り得たのね。


 魔女から逃れたい一心で球体になったけど、それは形になるだけじゃなく、私のになったみたい。


 だからユキちゃんは復讐のために球体が必要だったんだ。


「──ありがとう。いつかまた会えるといいね」


 そう言って微笑むユキちゃんも、夜空へ浮かび上がる。


「ああ、いつかな」


 ほむらちゃんも微笑んでユキちゃんを見た。


 そうだよね。


 象徴としてあるのと同時に、ユキちゃんも犠牲者の一人。


 悔しくて辛い思いがあったんだ。


 ユキと言ったら、雪を思い出すけど、たぶんそのイメージなんだと思う。


 降り積もった純粋無垢な白い粒が冷たく集まったものとして、やがては人知れず消えてゆくものとして。


 だから自分の名前ではなく、代表する名前で言ったんだろう。


 そしていま、ユキちゃんは笑顔で消えていった。


 冷たくなんかない。


 それに死んだわけじゃない。


 またどこかで会える。


 私は信じているよ。

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