確かな意味を持つまで
● ヴィレンシュヒト
「……何が起きている?」
中庭のずっと向こうで――怪物と何かが戦っている。見えた訳ではないが、魔力の動きからそう考えられる。
魔獣は国家をまとめて滅亡させ得る脅威だ。王国の全戦力を結集して討伐に当たらなければならない。だが。今回の問題はそこではなかった。
交戦している何かは――魔法を一切使っていない。
正確に言うと、魔力を動かしてはいるものの、それが魔法という現象に転化していない。動かしている魔力の量から推測すると、魔獣よりもこちらの何かのほうが脅威になるかもしれない。
「……国王!」
「…おい、冗談だろ?」
「セリス様が中庭へ出ていったと報告が」
「王城の全戦力を集めろ。すぐに救援に行く」
――お前なのか。セリス。お前は――どうやって戦っている?
● レイミア
セリスが中庭へ出ていったと聞いたとき、私は駆け出そうとした。
それを城の魔術師に止められた。
「離して……」
「なりません。一人が助けに走ったところでどうにも…」
「今セリスは一人で戦ってるんだよ。今行かなきゃ。助けなきゃ――」
「もう少しお待ちください……魔力を感じるでしょう。彼は生きています」
「でも………」
私は頭では理解していた。私一人が助けに行ったところでどうにもならない。
そして――セリスはたった一人で、国家を揺るがす魔獣と互角以上に戦っている。
● レイミア
準備ができたのは三分後だった。
隊列を組んで移動し始める。
近づけば近づくほど魔獣が放つ魔力の圧倒的な強さが浮き彫りになっていく。
魔術師の中には顔を青くしている者もいる。
こんな存在と、セリスは戦っているの?
どうか―――無事でいて。
● レイミア
セリスの元に辿り着いたとき、誰もが言葉を失った。
青い炎が――彼の瞳と似た色の炎がセリスの周囲を包んでいる。セリスが持つ剣は怪物を両断できるほどに伸びて、神聖な輝きを放っていた。
「セリス!」
私は叫んだ。
セリスはこちらを振り返って、
待っててくれ。
と呟いた。ように思う。
その瞬間に、私の不安は全て晴れた。
彼が勝利することを確信した。
「じゃあ――終わらせよう」
怪物が足を持ち上げた。
怪物は勝負を急いでいるような感じだった。
いや――怯えている?
怪物の足が目にも止まらぬ速さでセリスに襲い掛かった。
気づいたときにはセリスは既に剣を振り抜いていた。
魔獣の足が青い炎を上げて燃えた。
魔獣の悲鳴が聞こえる。
セリスは地面を蹴った。
地面が抉れ、彼の体は大きく持ち上がる。
彼は全てが見えているようだった。
魔獣の攻撃と彼の反撃のタイミングが完璧すぎて、彼が剣を置いたところに魔獣が足を移動させているようにも見えた。
空中で、また魔獣の体から炎が上がる。
○
息を止める。
魔獣を見下ろす。
きっかけをくれてありがとう。
俺はこの剣と共に、大切なものを守る。
ずっと欠けていたものをようやく見つけた。
この力の芽は、生まれた時に既にあったのだと思う。
いや、それよりずっと前――この剣が生まれた時から。
この剣の記憶が始まった時から。
願いが生まれた時から。
誓いはあった。
視界が晴れる。
息を吐き出す。
剣を掲げる。
――世界に青い軌跡を刻む。
○
地面に着地した直後、レイミアが俺に抱き着いてきた。
「レイミア………」
レイミアの両手が背中に回される。その温もりを感じて、ようやく俺は生き残ったことを実感した。レイミアは泣いていた。
「……一人で、行っちゃ、だめだよ…」
「…レイミアを危険にさらしたくなかった」
「それでもだめ。私は――私は」
あなたと生きたいから。
「………俺は死なないよ」
「最初は、死ぬ気…だったでしょ」
なんでわかるんだ。
「……もし次やったら、怒るからね…」
「もうしないよ。約束する」
俺はレイミアの髪を撫でた。
辺りは静かだった。
王城の魔術師(と王)は周辺を探索しに行った。魔獣が出現した理由を探ろうとしているらしい。
風が吹いて、彼女の髪の毛が持ち上がる。俺はこんな景色を前にも見たように感じた。どこだったか思い出せないが。
レイミアが泣き止むのを待ちながら、ずっとこうしていたいと思った。
ずっと一緒に居たいと思った。
けれど、口には出さない。
言葉ではきっと伝わらない。
だから俺は彼女を守り続ける。
俺の中にある感情が、確かな意味を持つまで。
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