予感と確信――交戦
○
夕食を終えた俺は、部屋に行って剣を磨いていた。
輝きは衰えることがないが、それでも丁寧に扱わなければならないと考え、毎日剣を磨くようにしている。
刀身に映る影。ゆらゆらとこちらを試すように揺れている。
ふと、この剣はだれが作ったのかという疑問が浮かんできた。俺以外には持てないらしいが、だとしたら鍛冶屋はどのようにしてこれを鍛えたのだろう。
柄まで丁寧に磨き上げ、これでいいかな、と思った時だった。
「―――ッ」
刀身に揺らめいていた影が突然大きくなったように感じた。
周囲が暗くなっていく。
明かりが消えたわけではない。何か障壁のようなものが俺の周りを囲んでいるのが見える。光が完全になくなった。
「――――――っ」
頭痛が俺を襲う。頭の中で何か音がする。それが徐々に鮮明になっていく。
声だとわかる。内容が認識できない。徐々に明るくなっていく。
フェリフィネア王国の城が見えた。
それは上空から俯瞰した視点だった。そして――王都が壊滅していた。
そこまで見えた時、障壁は全てが嘘だったように消えた。
鼓動が収まらない。
窓から王都を見下ろすと、やはり繫栄した都市が広がっている。
白昼夢、という言葉が頭に浮かんだ。
○
――粗悪な剣にも心が宿る。
――上質な剣には魂が宿る。
――――聖剣には命が宿る。
○
図書室で本を開く。
昨夜の奇妙な現象が――そしてそれが王都が壊滅しているという不吉な光景だったものだから――どうも気にかかり、剣に関係する神話を調べていた。
剣があの現象に関係しているとは断定できないものの、俺は剣に映る影が大きくなったのを見た気がした。そしてそれから奇妙な光景が見えたのだ。関係、あると思うけどな…。
小一時間調べてみたものの、有力な仮説は立たなかった。
○
そして――その日は訪れた。
○
昼過ぎの事だっただろうか。
中庭を散歩していた時、膨大な魔力の高まりを感じた。
俺は魔法が使えないが、魔力を感知する能力には長けているようだ。それは今まで過ごしていてわかったことだった。遠くで魔法が使われたと俺が感じた時も、誰も何の反応も見せなかった。
そしてその魔力の塊が王城に向かってきていることが分かった時――そしてそれが王城、どころかこの王国を滅ぼしうる怪物の魔力だと気づいたとき、俺は考えるよりも早く駆け出していた。報告している時間はない。誰かを呼びに行ったら手遅れになるだろう。そんな論理的な思考は存在しなかった。レイミアが傷つくかもしれないと思った瞬間に、躊躇なんてものは吹き飛んでいた。
このまま走り続ければ、中庭にぎりぎり入らないくらいの位置で遭遇するだろう。
十分ほど走り続けただろうか。
中庭とその外との境で、俺は立ち止まった。
そこには仰ぎ見ても全貌が掴めないくらいの巨大な魔獣がいた。
蜘蛛のような体躯をしている――ように思う。少なくとも下から見える範囲においては蜘蛛と似た特徴をしている。
足元から恐怖がにじり上がってくるのを感じた。地面を伝い、足を介して俺に流れ込んでくる。手が震えた。心が悲鳴を上げていた。とても俺では相手をすることができない。逃げたいと思った。逃げるべきだとわかっていた。
――だが。
前に見た王都の光景が――この怪物が王都に到達した際に引き起こされる災厄を表しているのだとしたら。俺は逃げることはできない。この国を。守らなければならない。誰の為か――わかるだろう。
剣を握った。
覚悟を決める。
ここで終わりか?
いや、こいつを殺して。
助ける。救う。壊させはしない。
そして、俺は死へと一歩近づいた。
剣が甲高い音を立てて抜き放たれた。
その音は悲鳴に似ていた。
○
それは戦いと呼べるものではなかった。
怪物は足を一本持ち上げ、それを鞭のように振るう。外界のすべてが減速して見えている。その中でも、怪物の動きは目で追いきれなかった。
俺は剣を持ち上げることしかできなかった。
剣に衝撃が走ったと感じた時には。
俺は倒れていた。
額から血が流れているのが見えた。
その赤色はやけにゆっくりと流れていった。
世界が灰色に染まっていく。
○
まだだろ。
○
嘘だったのか。
○
救いたいんだろ。
○
どうしても傷ついてほしくないんだろ。
○
お前はこの剣を。
○
この意思を。
○
継いだんだろ。
○
強さは関係ない。
○
弱さを捨てろとは言わない。
○
弱さを捨てたら――俺みたいになる。
○
だが。
○
強くなりたいと願え。
○
いや。
○
願いを取り戻せ。
○
お前は。
○
何を失いたくなかったんだ。
○
お前は。
○
この剣を握ったお前は。
○
誰よりも強く願ったお前は。
○
何を守りたかったんだ。
○
お前が。
○
お前が変えるんだろ。
○
運命を。
○
世界を。
○
全てを。
○
さあ――早く。
○
「うるせぇな……」
わかってるんだよ。そんなこと。思い出せ?違う。忘れたことなんて一度もない。
俺は剣を握った。
痛みはどこか――遠くに霞む山みたいに朧げになって、気にならなくなった。
俺は頭を一度振った。
掌が熱くなっているのを感じた。
剣を掴み直す。
一度振った。
風を切る音。
この上なく澄んだ音。
良かった。
俺はまだ生きている。
まだ守ることができる。
いや。
これからも。
「寄越せよ」
かすれた声で呟いた。
その瞬間。
剣が青い光をまとって輝いた。
それは海のように。
それは空のように。
純粋な青。
浄化の青。
刀身が伸びていく。
怪物が俺を見下ろしていた。
俺は怪物を見据えていた。
怪物が足をもう一度持ち上げた。俺はそれを見ていた。ただ見ていた。その軌道が確定した瞬間に、俺は剣を振り上げた。怪物の足が俺に迫ってくる。それを冷静に見つめる。伸びた刀身が怪物に触れた。怪物の足は炎を上げて千切れた。怪物はもう一度足を振った。同じことだった。俺はまた剣を振り上げ、怪物の足が通る軌跡の上に剣を置いた。
怪物の悲鳴が響き渡る。
俺は剣を見つめた。
剣が持つ記憶を見つめた。
青い炎が俺の周囲を包んでいく。
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