十一年前――嘘と失踪
○
そしてその夜。
レイミアはいなくなった。
○
夕食前――授業が終わりに差し掛かったころの事だった。
「…国王!」
俺が国王と授業をしていた時、急に臣下が部屋に飛び込んできた。
「失礼は承知しています。しかし緊急でして…」
「ああ。礼儀なんて別にどうでもいい。要件は?」
「…レイミア様がいなくなられました…」
俺はそれを聞いた瞬間に雷に貫かれたように感じた。知らず知らずのうちに椅子から立ち上がっていた。
「最後に見たのはいつだ?」
国王が――今までに聞いたことのない鋭い声音で言った。
瞳には夜を塗りこめたように深い感情が渦巻いている。それは他人から見てもわかるほどだった。
「…中庭に行かれたのを見たのが最後だと、使用人が……」
俺は叫んだ。
「俺はその時にレイミアに会った。そうだ…何か………」
記憶の中に何かヒントがあるのではないかと、俺は自分を責め立てるようにして記憶を遡っていった。これまでに見た。いや感じた、全てを。
「何だ……?」
幻想――中庭―平原。
輝き。幸福な街。緊張。初対面。挨拶。涼しげな瞳。テスト。図書室――本―ファンタジー。特徴。意味。性格。王城。花――鼓動。感情。象徴。王族。朝露。葉。宿る。微かな声。知識。応答。笑顔――あとは?
「何時に中庭へ出たんだ?」
「何時…。かなり早い時間だったから――六時前」
「六時前か。セリスが中庭へ行ったときには既にいたんだよな?」
「うん」
「てことは五時台には中庭へ出ていた。で、セリスが会ったのはどれくらい経ってからだった?」
「三十分か四十分」
「そうか。で、中庭で会って?それからレイミアはどうした?」
「…王城の方向へ歩いて行った。……準備をしないとって言ってた」
「準備?」
「何の準備なのかは聞いてない…」
「わかった。とりあえずレイミアの部屋へ行こう。何か手掛かりがあるかもしれない」
○
王が前を走り、俺はその後を追う。使用人たちの姿が見えない。
「王城の外を探しに行ってるんだろう」
心を読まれたようなタイミングだった。が、俺に驚いている余裕はなかった。
王が突然立ち止まり、俺はつんのめって転びそうになった。
「……なんだこれ」
王は床を見つめていた。床には紙切れが落ちていた。
星と円を組み合わせたような奇妙な図形。何かの記号なのか。
その時、俺は何かを思い出した。
どこかで見た。
「……本だ…」
それは俺が図書室で借りてきた小説の世界で使われていた文字だった。
読めねぇよ。
と思ったがどうにか記憶を探って答えを導く。
―――星を見る。
そう書かれていた。星…。天体観測?いやしかし…。
「読めたのか?」
「…星を見るって書かれてるよ」
「…星、ねぇ……」
王城周辺の地理を思い出す。王城の周辺に王城よりも高いものはない。星を見るのであれば高いところのほうがいいだろうと思うが…。しかし王城の中にはいない。いないよな?使用人は全員外に出ているということだし、王城内の捜索は終わっているはず…。
……待てよ。
「最上階よりも高い場所が、あるよね」
「…どこに?王城よりも高いところは……」
「だから――王城の屋根の上。どうやったら行ける?」
「…ああ!そうか!まず最上階に戻ってから――」
● レイミア
高いところから眺める星は本当に綺麗だ。屋根の上に寝そべって夜空を見上げる。そこには無数の星が瞬いている。こうしてみると、海面に太陽の光が反射して輝いているようだった。どこまでも純粋で穢れなき輝き。憧れを抱いたのはそのためだ。
私が王族に生まれて一番良かったと思っているのが、この光景を好きな時に見られることだ。もしこの輝きを知らなかったらと思うと――。
鋭い声が響いた。
「レイミア!」
それは一昨日王城にやってきたセリスという名前の男の子だった。青く澄んだ瞳が強く印象に残る。セリスは私の手を握って、よかった、と言った。
「……どうしたの?」
「どうしたのって……何も言わないでこんなところに居たら危ないじゃないか」
…………?
「私、お父さんに言ったんだけど……。屋根で天体観測するって」
「………え?」
「お父さんに許可をもらわないとこんなところ来れないよ。ほら、下見て」
「……………………」
セリスは沈黙したまま、ちらと下を見た。
そこには大勢の使用人たちがいる。腕を天に――いや、王城の屋根に向けて待機している。
「もし私が落ちた時のために浮遊魔法の準備をしてもらってるの。一人か二人で良いって言ってるんだけど…。皆が志願してきたとか言ってて」
「――誰が?」
セリスは諦めたように――苦笑して、質問をしてきた。
「お父さんだよ」
そう言った途端に、王城の最上階――つまりここのすぐ下から笑い声が聞こえてきた。それは聞き慣れたお父さんの声だった。
○
―――あの野郎まじでやりやがったな。
「ははははははッ。っははは。―――ああ。見事に引っかかったなセリス」
「全部わかっててやったんですか――いや、やってたんですよね」
「もちろん」
「……完全に誘導してきてましたよね…。授業の内容もこれを念頭に置いて――」
「もちろん」
「……はぁ」
迂闊だった。そもそも朝五時から今まで誰もレイミアを居場所を確認しないなんておかしい。あと使用人が全員外に出ているのも奇妙だった。王城をくまなく探すには確実に時間が足りなかっただろうに、なぜ外にいると決めつけた?――しかも全員。あと床に落ちていた紙。あれに使用人が気づかないわけがない。
「…いやいや、すごいぞお前は。俺はあの暗号を一瞬で解かれるとは思ってなかった」
「それは――読んだ本の内容くらい覚えますよ」
「…レイミア。これ、知ってるよな」
王がさっきの紙を小さく折りたたんで屋根の上に投げる。俺はそれをキャッチし、レイミアに渡した。
「…星を見る……これ、読めたの?」
「…ああ」
「じゃあ、『レシュケント』読んでるんだ――本読むの好き?」
レイミアの目が期待の色に染まる。
最近まで小説を全く読んだことのなかった俺は、どう答えたものか迷った挙句――嘘をつくことにした。
「大好きだ」
王の――今度は柔らかく優しい――笑い声が聞こえた。
○
それから俺は、王とレイミアと三人で星を眺めた。
そこで見た景色を、俺は忘れることができないだろうと思った。
○
そして、やはり今も覚えている。
――ああ、そうだ。もう一幕あった。
○
俺が王の企みにまんまと騙されていたことが分かり、それから何分か経った後。
「それでセリス」
「何でしょう」
「いつまでレイミアの手を握っているんだ?」
そんな会話も、忘れられない。
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