十一年前――華

 ○

 昨日は自国の歴史について学んだが、今日はこの国の地理について習うらしい。

「大体一日間隔でセリスのとこの国の歴史とこの国の地理を交互にやってくぞ」

「…わかりました」

「まずはだな…。王城周辺の地理からいくか。こっから外を見てみろ」

 そう言われ、窓に近づいて辺りを見回す。景色が大変綺麗だが、王が求めているのは明らかにそんな感想ではない。

 何故きれいだと感じるのかについて考えてみる。街並みがカラフルで整っているのも綺麗だと感じる一因となっているだろうが…。そこではない。よな?今回のテーマは地理だし。

 だとしたら何か…自然がよく見える。これは――関係あるかもしれない。考えを巡らせていく。自然がよく見える。遠くまで見渡せる。

「…王城よりも高いものがないですね」

「…そうだな。何故だと思う?」

「王城より高いものがあると癪に障る、とかじゃないですよね」

「ああ」

「……魔法で攻撃されたときに対応が難しくなるんじゃないですか。魔法じゃなくて弓矢とかでもいいですけど。上から撃つのと下から迎え撃つのでは明らかに下から撃つのが不利になると思いますが…」

「正解。まあ、その辺の事情を考えてここに王城を作ったのは間違いないはずだ。確認してないけど」

「確認してないんですか…」

「親父に訊いてもわからないって言ってたからな。真相は闇の中」

 大雑把なのは血筋なのかな…。

「次は王都の向こう側だな――」

 ○

「約束」

「…ああ。あの子は花が好きだぞ」

 ○

 昨日読み終えたファンタジーの本を持って図書館へ向かった。

 司書の人に続きはあるのかと訊くと、読むのが早すぎるとあきれられた。しょうがないじゃないか。読み終わったんだから。

「これが続き」

「ありがとうございます…あと、花の図鑑ってあります?」

「花の図鑑?またジャンルが全然違うものを読むんだね…。えっと…」

 棚を探り、これ、と言って司書さんが本を渡してくる。

 部屋に戻る。そしてまたページを繰り始めた。

 ○

 その翌日。

 俺は中庭に出てきていた。王城の中庭――という広さではない。どう見ても平原が続いているようにしか見えない――平原にしてはやたら花が多いな、と感じるだけだ。

 見える範囲全てが庭園だそうだ。

 図鑑で見た花を一つ一つ自分の目で見る。

 知識は実際に使える形で貯めておかないと意味がない。実際に触れてみることで、様々な特徴が見えてくる。

 中庭に出てきてから何十分かあと、少し王城から離れた(五百メートルくらいか?)所を歩いていたところ、花が持つ色とは違った金色の輝きが目の端に映った。

 あれは――。

 気づいた瞬間、俺は自分の鼓動が速くなるのを感じていた。

 王族は、感情を――殊に、ネガティブな感情を表に出さないようにしている。それは国の象徴である存在が不安や恐怖を浮かべていたら、国民が動揺してしまうからだ。どんなに困難な状況にあったとしても、冷静なブレーンでなくてはならない。それが王族だ。

 俺は自分の感情を努めて隠そうとした。

 だが、何故か上手くいかなかった。

 ――仕方がない。

 そのまま彼女のもとへ近づいていく。

 レイミアは赤色の花を見つめていた。それは幻想的で美しい光景だった。花びらは朝露に濡れていて、雫には朝の爽やかなきらめきが宿っていた。彼女は花の葉を柔らかく撫でている。

「おはよう」

 少し離れたところから挨拶をしてみる。人見知りということだったし――何より俺も、緊張してこれ以上近づくことはできなさそうだった。

 レイミアは少し肩を揺らしてこちらを見た。

「…おはよう」

 微かな声が耳に届いた。

 それが妙に嬉しかった。

「それ、フェレンフィルカの花、だよな」

 今のところ付け焼刃な知識だったが、この花の名前、その特徴は記憶していた。図鑑を眺めているときに鮮烈な印象を受けたからだ。自信、情熱を体現するような赤色は、強く俺の目に焼き付いた。

 レイミアは驚いた様子で数回まばたきをした。

「…知ってるの?」

「最近知ったばかりだけど…」

「…そっか」

 レイミアはそう言って、微かに笑った。

 太陽の光が彼女の髪を照らした。反対に、周囲が突然暗くなったようにも感じた。

 それは油断していれば見逃すほど微かな笑みだったが、俺はそれをはっきり視認した。

 いや。

 見逃せるはずは、なかった。

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