十一年前――初対面
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今から十一年前の事だ。
○
呼び出しを受けた俺は、緊張しながら父さんの部屋の前に立っていた。
今まで父さんから呼び出されたことなどなかった。何か重要な役割を負うことになるのではないかと、高揚と共に不安感が俺を包んでいた。
ノックをして、返事を聞いてから入室する。
「……セリス。そんなに緊張する必要はない」
「…は、はい」
「……まあいいか…」
父さんは諦めたように微かに息を吐くと、今日俺を呼び出した理由を語り始めた。
「セリスにはフェリフィネア王国へ政治について学びに行ってもらう」
「フェリフィネアに…ですか」
「ああ。フェリフィネアとは昔から友好的な関係を築けている。見識を深めるために他国の様子を見て、多くの事を学びとってきてほしい……それに、あの国にはあいつがいる」
「…誰の事ですか?」
父さんは――俺が父さんのそんな様子を見るのは初めてだったかもしれない――昔を懐かしむようにどこか遠いところに視線を飛ばし、微かに笑った。
「……世界一気に食わない奴だよ」
○
フェリフィネア王国はこの国と隣接する国の一つで、急いで移動すればここからフェリフィネアの王都まで二時間で行ける。
護衛を何人か引き連れて、馬車で移動。強化魔法が使えれば脚に強化魔法をかけてダッシュしたほうが速いのだが、魔法は十五歳にならなければ使えない。そして俺はまだ四歳だ。
道中は特にトラブルもなく、あっという間に王都へ到着した。
王都は噂の通り繁栄していて、見たところ多くの人が幸福に暮らしているようだ。
この国に住む人の目にはこれが当たり前の光景として映っているのだろうか。だとしたら、何て恵まれているのだろう。
俺は王族であり、次期国王と言われている(何かやらかしたりすると当然国王にはなれない)。だから国政についてはそれなりの知識を持っている。
そして知識を身につけるために、様々な国の情勢について勉強した。各国の王都の様子。そして郊外の都市。多くの国は、やはりというべきか、王都でさえも、富めるものと貧しいものとの格差が浮き彫りになっていた。それは本当に痛ましい光景であり、何とかできないのかと常々思っていた。
それがこの国では――今のところではあるが――達成されているように思えた。王都にだけ固有の光景なのかもしれない。
そこに、俺は理想の国家の形を見た。
○
王城にたどり着いたとき、そのあまりの簡素な作りに驚いた。
そこにいた衛兵に一応訊いたが、王城で間違いないらしい。
この王城に住んでいるのが幸福な王都を形作った者なのかと思うと、微かに緊張してくる。
そんな感情を全く表に出さないように気を付けながら、衛兵に身分を明かし、王城へ入る許可をもらう。
門が静かに開いていく。
○
「ようこそ」
そこにいたのは四十歳くらいに見える男だった。髪型は整っているとはいえず、あちこちに跳ねている。無精髭も見える。
使用人にしては身なりが整ってなさすぎだよな…。
「……おいおい。そんなところまでそっくりなのか」
男が言う。
「初めて見た奴は大体嫌悪感を示すもんだけどな。なんて奴を使用人にしてるんだ、とか言って騒ぐ奴もいるんだが…」
「…では、あなたが国王陛下、ですか」
「……妙に鋭いところもそっくりだよ、全く…。血筋なのか?あいつもこんな小さいときから可愛げがなかったのか…?」
「…あの、何をおっしゃっているかよく……」
「ああ。すまんすまん。別に歓待していないとかじゃなくてな。からかってやろうと思っただけなんだよ。許してくれ」
…歓待してねぇじゃねぇか。
「俺はこの国の王をやってる。ヴィレンシュヒトだ。よろしく」
「お初にお目にかかります。セリスです」
握手を求めてきたので、それに応じようと王に歩み寄った――ところ。
「はい、挨拶」
「……?はい?」
王が後方に向かって声を飛ばした。何をやっているのかよくわからなかったが、とりあえず待ってみる。
十秒過ぎ、十五秒過ぎ。王の気がふれただけだったのだろうかと思い始めたところで、奥の扉が少しずつ開いていくのが見えた。
そこには――なんともかわいらしい少女がいた。
太陽の輝きを閉じ込めたような金色の髪。涼しげな印象を与える瞳。
少女はほんの少しずつこちらに歩み寄ってきて、王の影に隠れるような位置で立ち止まった。そして、若干顔をこちらにのぞかせて、
「……レイミア、です」
と名乗った。
「…セリスです。よろしく」
俺は全ての感情を隠すことに専念した。それがどんな感情なのかもわからないまま。
「…………よろしく、お願い、します……」
少女はそう呟いて、扉の方向へ歩いて行った。完全に扉が閉まる前、油断すると見逃してしまいそうなくらい僅かに頭を下げて、少女は姿を消した。
「……俺の娘だ。わかってやってくれ。人見知りなんだよ。ここに来られただけで褒めてやりたいくらいなんだ」
「…わかっています」
「…んん?……んー」
何やら奇妙な鳴き声を上げて首をかしげる王。
……この人、大丈夫なんだろうか。
そう思ったのと同時に、王は微かに笑った。
「そういうことか……」
呟いて、早速授業するか、と言って俺を王城の最上階へ案内すると言い出した。
何がそういうことなのか全く把握できないが、ついていくしかない。
俺は、前を歩く男を眺めながら、それにしても、娘はこの人と似てないな、と思った。
○
「早速だが、セリスには自分の国の歴史について学んでもらう」
「自国について、ですか」
「そうだ。それも、俺から見た――つまり他国の王から見た国の強み、そして改善点、特徴について学んでもらう」
「…なるほど」
「一回一回の授業でテストするからな。授業をしっかり聞いてくれ」
「…わかりまし」
「まだ分かってもらっちゃ困る。もう一つ言っておくことがある」
「なんでしょう」
「テストで九割以上の得点をとったらレイミアの好きなことを一つ教えてやる」
「……だから、どうしろと?」
王はまた、笑った。
「癖もそっくりだよ。関心を隠そうとするとき、一瞬、まばたきが早くなるぞ、お前」
「……」
「よしじゃあ、頑張れ。俺は約束を守る男だからな」
王は――この平和な国を作った偉大な王は、そう言った。
○
その授業のテストでは満点を取った。
「……優秀すぎないかお前」
「……約束はどうなりました?」
「……はいはい。あの子は本が大好きだ」
○
俺は王城の図書室にいた。
今まで歴史の本くらいしか読んだことがなかった俺は、図書館にいた司書の人にお勧めの小説を聞いた。
「……まあ、君くらいの年齢の子だったら…これかな?」
司書の人が取り出したファンタジーの本を抱えて、与えられた部屋へ戻る。机に本を置き、読書灯をつけ、椅子に座る。表紙を眺めてから、ページを繰った。
● ヴィレンシュヒト
「………………おーい」
ドアの向こうに呼びかける。
「もう夕食の時間だぞー」
向こうで、ガタッという音が聞こえて、ドアが開いた。
「すみません……」
セリスは本を抱えていた。それは――レイミアがいつか読んでいた本だった。
この子は本気でレイミアと関わろうとしている。それを感じた瞬間、俺は笑みをこらえきれなくなった。
「いいぞ。セリス。その調子で――」
レイミアを――俺の娘を救ってやってくれ。
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