正しさの虚しさ

 ○

 剣を振っただけで地面がひび割れるという現象を目の当たりにした俺は、いかに俺の持っている能力が危険で――それゆえに多くの人を救うことができるかを理解し直した。

 危険性。それを裏から見れば、どれだけ悪に対抗することができるかという正のパラメータへと変貌する。俺はこの能力を正しいことに使おうと決意した。

 いや、正しさも虚しいものだ。見る側によって――いや、もういいだろう。

 ○

 王城に帰ってきて、もう一度レイミアの部屋へ。最近何があったか、自分の国では何が起きているか、他愛もない話。いろいろな話をした。

「魔法が使えない王家の面汚しになるくらいなら――王家を出ようかとも思ったんだ」

「だ、駄目だよ」

「…ああ。父さんに気づかされたんだ。この剣技も魔法の域に達するものなんじゃないかって。俺は、この剣技が魔法だと世界に証明しなければならない。無能か。それとも、他の何かになるか。俺と剣次第だ」

「…セリスならなんだってできると思うけどね」

「…そうか?」

「うん。どんなに迷ったって最後は立ち上がって前へ進みだすでしょ?私はそこが――その、好きだな」

「そっか。ありがと」

「…うん」

 レイミアがはにかんだ。

 そこで会話は一旦終わった。俺が王の講義に呼ばれたからだ。そういえば俺は政治について学びに来たんだった――いや、忘れてないけどね?ほんとほんと。

 俺を呼びに来てくれた王城の警備員(なのかな?とりあえず強そう)に連れられて、王城の最上階へ行く。

 あのおっさん――じゃなくて国王陛下は、普段は最上階にいることはない。仕事が立て込んでいなければむしろ中庭でたたずんでいることが多いが、客を招くときは最上階に呼ぶことが多い。その理由について質問したところ、こっちのほうが景色が良くて気分が上がるだろ、という返答。

 本気で言っているのか、それとも別に理由が存在するのかわからない。適当なおっさんに見えるが、頭脳明晰な明君であるからして。

 警備員さんが立ち止まり、こちらです、と言って扉を指さした。

 ありがとうございます、とお礼を言うと、警備員さんがぎょっとして、いえいえそんなそんな、と言って高速で敬礼しながら帰って行った。

 怖がられているのだろうか。どうなんだろう。この国の人たちはフィルレイン王国への恐怖とか警戒心といったものはないとばかり思っていたが。

 よくわからん。まあいいや。

 扉をノックする。

 入室を許可されたので、失礼しますと言ってから入る。

 ここの王城で唯一見栄えを重視したという最上階の応対室。見回すと、何度見てもほれぼれしてしまう。室内の装飾も上品かつきらびやかで、最も目を引くのは窓外の景色だ。この王国が一望できる絶景スポット。基本的に王族しか入れないが。

「すまん。全然仕事が終わらなくてな」

「いえ。いいんですよ」

 何ならあと一週間くらい仕事しててもいいんですよ。

「娘とはどうだ?」

「どう、とは」

「こうなんか…いや、別にいいか。もう既定路線っぽいしな」

「既定路線?」

「この話おーわり。……さて。じゃあ、まずはこの国の歴史の続き行くか。前回の内容はちゃんと覚えてるよな?」

「もちろんです」

「へーい。優秀だな」

 国王はうんうん頷いて、本をぱらぱらめくった。

「夕食まであと一時間くらいだからな。今日はここから――」

 示したのは今から二百年前の歴史。このくらい前になると現代とはだいぶ雰囲気が変わってくる。

「――俺まで行く」

「は?」

 教科書を一瞬で閉じて、自身を指さす国王陛下。何言ってんだこいつ。

「だから、二百年。さらっと行くぞ」

「……どういうこと?」

「二百年さらっと行くって。余裕余裕。十五分で五十年終わらせればいいんだろ」

「だから何言ってんのこいつ」

 ○

 夕食の時間になり、俺は国王陛下と共に食堂へと降りた。

「……セリス、なんか疲れてるみたいだけど…」

「……二百年分の歴史を詰め込まれただけだから大丈夫…」

「…そ、そっか」

 国王が席に着くのと同時に、料理が運ばれてきた。

 慣れ親しんだ香り。かなり頻繁に食べているはずなのに、懐かしい感覚が湧いてくる。初めてこの国に来て――初めてレイミアと会った時の事を思い出しながら、俺は料理に手を伸ばした。

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