剣を持て
そこにあったのは一振りの剣だった。
美しい剣だった。武器がここまで美しさを持つなんて、俺は知らなかった。
美しさに引かれるように、俺は剣に近づいていった。一歩一歩踏みしめるたびに、この剣の輝きが増していくように感じた。
台に置かれている剣に手を伸ばした。少しずつ、剣との距離が近づいていく。それと同時に、世界は俺から遠ざかっていくように感じた。
柄に手が触れる。そして柄を握った瞬間、俺は自分の体に今まで空白があったことに気付いた。そして、その空白が一部の隙も無く満たされていくのを感じた。
剣を持ち上げ、その刀身を眺める。
「…………父さん」
俺は知らず呟いていた。父さんはこちらをじっと見ていた。その目に宿る感情の名前を俺は知らなかった。
「…………この剣は何?」
「……それは王家に伝わる神秘の剣だ。そして、今までそれを持ち上げられたものは存在しない」
「…………え、でも」
「今までの話だ。それは、剣に愛された人間にしか扱うことのできないものだ」
「…………剣に?」
「ああ。…………この王家には伝承があった。…眉唾物だったがな。王家の人間は、すべて高い魔法技能を持って生まれてくる。一人を除いて」
父さんは息をふっと吐いた。
「その一人が――この剣の持ち主だと、そう伝わっている」
「持ち主…………」
「ああ。生まれる前から。この世が誕生する前から。この剣は、その人間のものだと、な」
「…………」
「お前は魔法が使えない。しかし剣に愛されている。私はそれがどの程度のものか知らないが、お前は選ばれた人間なんだ」
「父さん…………」
「お前が魔法を使うことが出来ないと聞いた時は驚いた。この伝承が本当で、しかもそれが私の息子だなんて。まだ疑っているくらいだが――しかし、真実なのだろう」
「…………でも。魔法が使えない人間は、誰からも評価されることがありません。この世界で生きるには、魔法を使えることが最低条件になっています。それでいけば、俺は――」
「……構えろ」
「え?」
「その剣を構えろ」
俺は言われるままに剣を構えた。その瞬間、父さんの右手が動いた。
それがひどく遅く見えた。俺の意識が引き延ばされていくのを感じた。父さんが杖を抜き終わったとき、俺は剣の重さもすべて使って、体を右側に倒した。左足が浮く。まだだ。どんどん意識が加速していく。父さんの手がわずかずつ動いていく。ある一点で、時間が急に流れた。左半身に巨大な氷がかすめる。冷たさを感じる余裕もなく、父さんの右手が閃く。今度も、時間が引き延ばされていく。先ほどよりも小さな氷片が、俺の肩をめがけて飛んでくる。もちろん右肩だ。傾いた姿勢を反対側に引き戻す時間はない。俺は、剣を。見た。輝きが、目に。俺は。それを信じて。腕を一度引く。そして、振り上げた。
氷片が砕け散るのを、俺はどこか他人事のように眺めていた。
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