青の軌道


 教室で男子が固まって喋っている。その様子はとても楽しげで、響く笑い声は、その場の空気を暖かく包んでいるように見えた。誰もが微笑みを浮かべるような、そんなありふれた日常の風景。

 奏多はそんな日常すら目に止めず、素通りして廊下に出た。一人歩くその姿は、寂しく見えて仕方ない。表情は無そのもので、楽しそうでも悲しそうもないことが、チクリと胸を刺す。

 奏多が後ろを振り返る。廊下に落ちたハンカチを目に止めて、迷いのない足取りで廊下を戻った。ハンカチを拾い上げるとこちらを向いて、次に一人の女の子の背を追った。追いつくと、中学二年生だというのに、なんの躊躇いも見せることなく、肩を叩いた。振り返った女の子はただただ驚いていて、奏多がハンカチを差し出しても、すぐに受け取ろうとはしなかった。


「君のでしょ?」

「は、はい。そうです。ありがとうございます」


 戸惑いながらピンクのかわいいハンカチを受けとると、女の子は軽くお辞儀をして、奏多に背を向けた。まるで逃げるように奏多から離れて、友達の元に戻っていく。奏多もまた、変わらない表情で女の子に背を向ける。そして、軌道修正するかのように元の道へ戻っていった。やはり、寂しくも、嬉しくもない表情で。


「あれ?」


 教室にいた男子のすっとんきょうな声が響いた。一緒になって騒いでいた男子たちが反応して、声を上げた初年を見やった。輪の端から「どうした」と尋ねる声が上がる。男子はそちらを振り向くことなく、ずっと奏多の背を目で追っていた。


「なあ、あいつ」


 机の上で足を組んで座るその姿はとても無邪気で、実に中学生のそれらしかった。


「なんで、分かったんだろ」

「なにが?」


 少年は仲間を振り返ると、見つめられていることに対して、キョトンとした顔をした。聞き返されたことに対してというより、仲間のちょっと不機嫌そうな顔に対して思案しているように見えた。


「いや、良いや」


 少年は数秒黙ったあと、満面の笑顔でそう言った。少年の仲間はつられるように笑顔になって、「なんだよ」と笑い声をあげた。少年の隣にいたガタイの良い男子は、少年の頭を抑えるようにグシャグシャしていた。

 男子たちの間で、中断された会話がまた花を咲かせ始める。少年は会話に混ざりながらも、横目で奏多のことを見ていた。

 春が過ぎ、夏が始まる。

 これが最後のチャンスなのだと、どこかで感じていた。

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the first episode 巴瀬 比紗乃 @hasehisa

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