Liea~彼女が刻む伝説~


 小鳥の囀ずり。風を切り、羽ばたく青い鳥。小枝は揺れ、葉を落とす。日の光が水面を煌めかせて、葉を影から誘いだした。青葉の輝きは、水辺に浮かぶ少女の白い頬を際立たせる。

 湖の揺らめきに今にも拐われそうな華奢な身躯からだは、肌の色と同じ真っ白なワンピースを身に付けていた。

 少女がに写る青を空だと認識するまで、どれだけの時間を要しただろうか。風の柔らかさも、水の冷たさも感じずに、少女はただ流れる雲をそのに写していた。

 立ち上がろうにも、手のひらにあたるのは波の揺らめきだけ。体を反転させようにも力が入らない。まるで自分の体ではないような、思い通りにいかないもどかしさに、少女は再びを閉じた。呼吸を整えながら、身躯からだの重さを探る。

 金糸の髪が太陽の光を浴び、大地に美しい月を宿している。それは人を呼び寄せるほどの麗美な光景だった。


「お前、誰だ?」


 覗き込んできた顔を、少女は見つめる。まばたきをして、彼が幻でないことを確認した。影のなかで睨み付けてくる目は、見たこともないような深い紫色をしていた。射抜くような目。歪にまとめられた長い髪。女性のものじゃない、少し高めの冷淡な声。

 少女は、彼の言葉を喉の奥で反芻する。お前は誰だ。お前は。

 少女は定まることのない意識の中で、自問自答を繰り返した。

 そうしてできた沈黙の中、風は横切り、小鳥がまた囀ずる。


「聞こえてないのか?」


 眉根が寄ったその顔に、視線を合わせる。くいっと首を動かせば、返事の代わりとなった。


「お前は、誰だ? どうして、ここにいる?」


 尋ねているにしては、突き放したような言い方だった。


「おい、聞こえてるんだろう!?」


 責め立てるような声。それでも、少女が見つめる以外の返事をすることはなかった。

 無反応とも言える少女に、苛立ちを覚えた彼は、腰を屈め少女の腕をとる。乱暴に湖からすくいあげると、勢いのまま少女を大地に放りだした。それでも少女は方針状態で、微動だにしない。

 日は眩しく、水滴はいっそう、彼女の華奢な身躯からだを輝かせていた。それは少女の精神状態とは裏腹、生命の息吹を感じさせた。まるで天使のようだと、そんな神秘的な言葉がこの世界に存在していたのならば、そう形容されていたことだろう。


「おい! お前」


 彼は少女の身躯からだを起こそうと、近寄る。このとき、少女のはすでに閉じられており、彼の声は虚しく空に響いているだけだった。


(なんで)


 乱暴に起こされ、少女の目蓋がわずかに開く。虚ろなに、未だ生気は宿らない。


(なんでまだ、生きてるんだ――――)


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