黄昏グリムグリッティ
にゃ者丸
短編『ミハシ村の哭き童女』chapter-1
魔術とは、なんとも奥が深いものである。
伝統があり、古き格式があるだけでなく、この世で最も古い学問と言われるのに相応しい歴史と知識が残されている。
初期の魔術は歌であり、儀式であると伝えられるように、魔術師……というより、人の言葉には力が宿ることが長年の学びによって判明している。
ならば、その言葉を突き詰めればどうなるか。
言葉のみならず、何に力が宿るのか。
それを解明する事もまた、魔術という学問を学ぶ楽しみである。
人の歴史も長いと言うが、神々の歴史に比べればそれほどでもない。
せいぜい、神々の三億年の歴史の十分の一にも満たない。
せいぜい、約300万年だろうか。現代で判明している最古の文明『ゾォア文明』が誕生したとされる時代がそれくらいだと言われているので、これが現状の人の歴史と言えるだろう。
幾多の栄枯盛衰を経てもなお、魔術の歴史は深い。文明が生まれたのも魔術が発展したからこそと言われている。
事実、『ゾォア文明』の象徴たる『ゾォア王朝』は屈指の魔導文明で知られている。発掘されたゾォアの道具の数々は、現代に至るまでの人の歴史に数々の貢献をしてきた。
『ゾォア文明』の最大の功績とは何かと問われれば、やはりこう答えるだろう。
「“ゾォア文明が在ったからこそ、人は300万の歴史を歩めているのだ”……か」
草原の一部に舗装された道を走る馬車の中で、少年は頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。耳には車輪が地面を転がる音と、時折嘶きながら蹄を地面に叩き付ける馬の足音が入ってくる。
馬車の走行音なら気に成らない。なぜなら、とっくに聞き慣れた音だから。
問題なのは、少年の眺める窓の外の景色にある。
青い葉を茂らせ、白い幹を地面より力強く伸ばした木々。それらが生い茂る林の根元には、獣の死体が転がっている。
獣――――そう、単なる獣だ。異能の
なんてことない普通の獣。それらが林の入口で死んでいたのだ。
「瘦せこけた身体、窪んだ眼。おまけに半身が虫に食われてるとか……あ~やだやだ。まさか辺境でこんな光景を拝む事になるなんて…」
大袈裟に手を広げ、肩を揺らし、少年は嘆くように天を仰ぐ。視界に入るのは馬車の中の天井だが。
少年は空に祈りを捧げる敬虔な信徒の如く、天井に向けて両手を掲げる。
「おお神よ、どうか私めに一本のワインを!さすれば私は、目の当たりにした現実から目を逸らすことができるでしょう」
少年が芝居がかった仕草で胸の前で両手を組んで呟いていると、御者台の方からゲラゲラと笑い声が響く。
「はっはっは!なんともふざけた祈り文句だ。学園の生徒ってのぁ、みんなそうなのかい?」
手綱を握って馬を操り、御者台に座って馬車を走らせるのは、少年が今回雇った乗合馬車の男性だ。口元の濃い髭はしっかりと整えられ、身なりの良い濃紺の制服を着こなす姿は、熟練の御者である事を窺わせる。
だが、喋り方はどことなく気の良いおっちゃんのようで、親しみやすさの溢れる人というのが容易に理解できる。
きっと話好きなのだろう。そう少年は推察して、御者の男性に返答した。
「いやいやまさか、学院の生徒は僕よりも変人が多いですよ。むしろ僕は常識人な方です」
「常識人はこんな辺鄙なところまで『
何とも豪快な声を上げて、御者は腹を抱えて大口を開けて笑った。
それに応えるように、少年も口元を抑えてニヤリを笑みを浮かべる。
「ふふっ、それは確かに」
現在、この馬車が走っているのは舗装されているとはいえ、滅多に人の立ち寄らない辺境も辺境。国境を越えて存在する、半ば無法地帯に等しい緩衝地帯だ。
国家が領土に入れる事もできず、長い間ずっと放置されていた土地。
それを管理しているのは、この『アナハイト王国』国境を守護する砦に配備された国境警備軍だ。
大戦を生き抜き、死地とも言える戦場を生き抜いて来た精鋭中の精鋭。王家から直々に国境を守護する任を与えられた一個師団。
生半可な人生は歩んでいない、戦士の中の戦士である彼らが守護している国境は、確かに相応の脅威に曝されている。
実際、人気など微塵も無いのがその証拠だ。
砦の門を抜けてからはや二時間。今の今まで一度も道路を歩く、あるいは走る人や馬車は見かけていない。
たまの擦れ違いなど、緩衝地帯である砦前の草原を巡回する兵士くらい。
「本当に人気がないですねえ。全く、こんなにも素晴らしい自然を堪能しないなんて、人々は損してますよ」
少年はため息をつくように、皮肉気な笑みを浮かべて呟く。少年の言動に御者の男性は呆れるように苦笑した。
「そりゃおめえ、【魔獣】っつう化物共が跋扈する巣が間近にあるんだからよ。むしろ近づく方が奇特ってもんだぜ?」
少年と御者の男性のやり取りは、もはや気心が知れた仲とでも言うように気安い。このような地帯に居なければ、さぞ旅の醍醐味として楽しめた事だろう。
そう、奇しくも同じ事を頭の中に思い浮かべた両者は、再び青い葉を茂らせる白々とした林の方へと目を向けた。
木々の根元には瘦せこけた獣の死体。それだけでなく、明らかに何かから逃げるように倒れる獣の姿も転がっていた。
息も絶え絶え、口元から舌を出し、涎を垂らせて嚥下する四足の狼の姿は、何とも哀れというより………むしろ危機感を煽らせる。
単なる下位の魔獣………皮膚を焼く程度の酸を吐くネズミに比べれば、それ以上に脅威と成り得る誇り高き狼が、満身創痍の状態で地面に寝転がっている。
周囲を警戒する程の体力も無いのか、あるいは漸く逃げ切れたことからの安堵か。
この狼の結末を既に察している両者からすれば、木々の根本に転がる狼の姿は、束の間の休息に安堵している様子というより、皿の上に置かれたソーセージという方がイメージが沸く。
なぜ、そういう想像をしたのかは、この狼の結末を知ることでお分かりいただける事だろう。
ざわざわと、青く茂る葉が揺らめく。騒がしく、風に揺られている訳でもないのに枝が揺れて、葉が擦れる。
続いて、地面を踏み鳴らす足音が聞こえてくる。ほんの微かな………ともすれば空耳かと疑ってしまいそうな程に小さな足音だ。
しかし、確かに地面は振動している。それは、手綱を握る馬を通じて、御者の男性は理解していた。
長年、連れ立って来た相棒たちの震えくらい手に取るように分かる。
御者の男性は事実を理解して眉を寄せた。同時に、無意識に手綱を握る力が強くなる。
闇の中から、浅緑色の腕が現れた。人に似た形をしているが、それは単なる錯覚で、それが実際は蔓の集合体である事が目に見えて理解できる。
しかし、その光景は闇の中から怪物が腕を伸ばしているようにしか見えなかった。
初めに、尻尾を掴む。続いて後ろ足、太もも。胴体、前足。首、耳、顔。顎、口………。
びくりと狼の身体が跳ねる。掴まれた事に気づいた瞬間、必死に逃げようと手足をばたつかせて地面で藻掻く。
爪を立てて地面を抉り、木々の根元に爪痕を付ける。血が滲むほど力を込めているのか、狼の爪はボロボロになっていた。
罅割れた爪では抵抗らしい抵抗などできる筈もなく、せめてもの抵抗に自らを掴む蔓共に爪か牙でも突き立てそうものだが………。
狼はそれを選択しなかった。抵抗はすれども反撃はせず。ひたすらに闘争ではなく逃走を選んだ。
喚く、吼えて鳴いて騒ぎ立てる。言葉など操らない獣の声は鳴き声でしかない。
しかし、その鳴き声を人に変換するならば、恐らく『死にたくない』だろうか。
誇り高き獣である狼が、みっともなく鳴き喚くのも無理はない。
本能的に、あの狼は理解しているからだ。
抵抗しようものなら、自分の身体は自らを掴む蔓共に即座に引き裂かれると。己が肉体を生きたまま引き千切られると。
ズルズルと、ゆっくり、ゆっくり、蔓が闇の中へと帰って行く。掴んだ獲物は離さずに、逃げられないよう更に蔓を獲物に絡めさせる。
最後は口の中まで掴まれて、狼は叫ぶ事もできずに引きずり込まれる。
蔓と共に狼が林の中へと消えていく光景を目の当たりにして、御者の男性と少年は漸く理解した。
ここは既に安全地帯などではない事を。人気が寄りつく筈がない、屈指の危険地帯の目と鼻の先である事を。
林の間の闇の中から、蔓が手招きしているような気がして、少年は思わずぶるりと身体を震わせる。
「さすが……国家の精鋭中の精鋭である軍隊を監視に付かせるだけはある。確かに、ここはもう化物の顔の目の前って感じですね」
少年はここがどういう所なのかを理解している口ぶりで、御者の男性に話を振る。
「ああ、そんな危険地帯を通り道として走らせるあんたは確かに、あの学園の生徒だな」
手綱を握る手の力を緩めて、馬を宥めながら御者の男性は返答する。
「誉め言葉ですか?」
ニヤニヤと、少年は無邪気な悪ガキのような笑みを浮かべて御者の男性の背中を見つめる。
「はっ――――おめぇの思ってる通り、単なる皮肉だよ」
整えられた髭が歪むほど、御者の男性はわざとらしく笑みを浮かべて言い放つ。
「それはどうも」
それに対し、さも面白そうにクスクスと、少年は口元を抑えて笑う。
御者の男性は、今さっきにあんな光景を目の当たりにしたのに、楽しそうに笑う少年の声を聞いて、今度は素でくつくつと苦笑する。
この少年ならば、きっと峡谷の綱渡りだろうと楽しんでみせるだろう。
そう、死の危険があろうとも、この少年は楽しんだ上で渡り切ってみせるだろう。そして「今度は蝙蝠かカラスでも飛び交う中で渡りましょうか」とでも
そこまで少年が言っている情景が容易に思い浮かぶのは、この業界専門の仕事に就いて十年以上の経験があるからか。
あるいは、この御者の男性もイカれているのかもしれない。
魔術という学問に取り憑かれた魔術師の巣窟たる、彼の学園の者ばかり相手にしているのも、彼らと関わる事をこの男性は楽しんでいるからだろう。
この少年は彼の学園に通い、魔術を志す生徒。魔術を学ぶ。その為ならば、いかなる事であろうと支援する学園に通う生徒なのだから、さぞかし刺激的な光景を見せてくれるに違いない。
そう、期待しているからこそ、この男性は精鋭中の精鋭が警備する草原で馬車を走らせているのかもしれない。
◈◈◈
この馬車が向かうのは、さきほど狼を連れ去った蔓よりも恐ろしい化物共が跋扈する、山奥に存在する孤立した村。
村の周囲を【魔獣】という脅威に曝されてなお生き残る、謎の残る村だ。
その村の名前は『ミハシ村』。とある伝承が言い伝えられている、この少年の目的地だ。
『アナハイト王国』の南方国境線、緩衝地帯を兼ねる名もなき平原の更に南方に存在する危険地帯。
その森で獣は搾取される者。圧倒的な最弱者であり、歴戦の戦士であろうとたった一人では生きていける保証もない。
何故ならば、その森は【魔獣】が支配する死の森だからだ。
【魔獣】――――――それは〝魔なる獣〟の名を冠する人外の生物。
魔術に寄らない異能を宿し、皮、肉、骨、内臓、血管から血液に至るまで、魔力の巡らない部位は存在しない種族。
つまり、それは生きているだけで、呼吸をするだけで魔力の限り肉体を強化しているという事。
【魔獣】の特徴はそれだけではない。【魔獣】は獣と似たような姿形をしているが、中身は全く異なっている。
体内で火を吐く為の器官が存在したり、電気を帯電する性質を持つ体毛を持つなど、異形の形態を持っているのだ。
人など軽く一蹴する生まれながらの強者。しかし、魔力が無ければ生きていけないという、弱点を抱えて生きる弱き種族。
魔力の源たる『魔素』の濃度が高い地域でなければ生きていけないくらい、【魔獣】は魔力に依存している。
故に【魔獣】は【魔獣】と呼ばれるのだ。
それだけではない。【魔獣】は高位になるほど高度な知性を宿し、時に戦略など当てにならない事もある。
言葉を理解するからこそ、作戦は筒抜けとなり、いかなる手段も通じず、対策も通用しない。かつては獣相手だからと油断し、壊滅した軍隊もいたと記録に残っている。
だからこそ、高位の【魔獣】を相手にする時は、純粋な連携と個人の実力がものを言うのだ。故に、事前に用意した戦略など殆ど通じない。
その場の機転を活かして戦い、対人戦をするように先の先を見据えて戦闘するのが基本とされる程、高位の【魔獣】は厄介とされている。
そんな高位の【魔獣】が出現する可能性もあるのが、『ミハシ村』がある山奥だ。昔から魔素濃度が高い地域である為、そこに棲む【魔獣】は狡猾でしぶとく、純粋に強い。
そんな危険地帯で生きていける『ミハシ村』の謎は何なのか。
それを突き止め、あわよくば自らの魔術を研磨する糧にせんとするのが、この少年――――――『魔学都市アルティヤ』の生徒、ユーリェル・グリム=グリッティの今回の
舗装された道を外れ、剥き出しになった地面を馬車が走っている。たまに車輪に小石が躓くか、それとも枯れ枝に車輪が乗り上げるなどして、車体が跳ねたり揺れたりしたものの、道中は【魔獣】に襲われる事なく無事に目的地に辿り着いた。
目的地の一歩手前、白い木々を加工して組み立てられた柵は、獣避けというより壁に近い。
しっかりと隙間なく組み立てられているのを見るに、『ミハシ村』の建築技術は並々ならぬものがあるのだろうと、ユーリェル――――ユーリは自己完結して小さく頷く。
「白い壁かぁ……なんつぅか、こりゃあ一端の砦だな、こりゃ」
御者の男性――――ガンツというらしい――――は、顎を撫でて感心の視線を木製の柵に向けている。
いや、確かにこの出来栄えのものを『柵』というのは逆に失礼か、とユーリも真似をして顎を撫でて何度も頷く。
「こんな辺鄙な山奥で、【魔獣】の腹の中みたいなところに住んでるからねえ。これくらい頑丈じゃないと安全じゃないんでしょ」
材料に関して言えば、材料はこの森の木々なのだろうから、実質、無限に等しいだろう。魔素の濃い地域に根ずく植物の生命力は、【魔獣】よりも恐ろしいのだから。
ユーリは内心で呟く。
(一本見かけたら三十本は生えてると思えって、植物学者の先生も言ってたからなぁ。生命力に関して言えば、魔素濃度の高い地域の植物はゴキ○リ並みだと思えってね)
結構、酷い例えではあるのだが、あながち間違いでもないので、大体その認識で合っている。
例えは酷いが。
腰を上げて、道中で散々痛めたお尻を撫でながら、ユーリは馬車の扉を開けて、久々の地面に足を置く。
何だか安堵感があるのは気のせいではないだろう。しかし、悪路のせいで普段は酔わないのに軽く馬車酔いしてしまったからか、吐きそうな気持ち悪さと眩暈がして、ユーリは頭を抑える。
「はっはっは、さすがの魔術師も馬車酔いには敵わねえか!ほれ、これ舐めときな。多少は楽になる」
よっぽど顔色が悪かったのか、ガンツは御者台に座ったままユーリに向けて何かを放り投げる。
ユーリは気持ち悪さから半目になりながらも、しっかりとガンツから投げられたものを受け取った。
それは、飴玉だった。酔い覚ましの効果でもあるのだろうか。そう期待してユーリはガンツに言われるままに、包み紙を剥がして飴玉を口の中に放り込む。
舌で転がすと、甘酸っぱい柑橘系の果実の味が口内に広がる。香りづけでもしているのか、それとも果実のエキスを多分に原料として使用しているのか。
鼻の中をすっと爽やかな香りが突き抜ける。
酔っていた事や長時間もの間、馬車の中で座っていた事でストレスも溜まっていたのだろう。酔いなど忘れられるとまではいかないが、ガンツの言う通り、飴玉を舐めた事で多少は楽になったようだ。
「ありがと」
ユーリは片手を挙げて御者台に座る気のいいおっちゃんに感謝を告げる。
「おう」
こういう状況には何度か遭った事があるのか、ガンツは慣れたような口調で片手を挙げて返事をした。
酔いが醒めてきたのか、ユーリは凝り固まった身体をほぐそうと腕を伸ばし、軽い準備運動をする。
ボキボキと身体中から音が鳴り、凝り固まった筋肉が伸びていくのが分かるのか、ユーリはさっきとは打って変わり晴れやかな表情で顔を上げた。
「さて、行こうかな!」
「本当にお前さん一人で良いのかい?」
「うん、通行手形は僕のしか発行されてないし、どの道、ここからは一人で済ませないといけない事だからねぇ」
「そうか、気ぃ付けて行けよ」
「はいはーい」
これが今生の別れとなる訳でもなし。二人の会話は短く、別れの挨拶も簡素なものだった。
馬が嘶き、馬車を牽いて走り去って行くのを見届けてから、ユーリは柵に向かった。
燃える鬼灯の紋章が描かれたところまで歩いて行き、二、三度、軽くノックをする。すると、紋章が描かれた箇所の左に小さな穴が開いた。穴は半透明な黒紫の布で遮られていて、向こうの様子は窺い知れない。だが、向こうからは見えているのだろう。
少し間が開いてから、自分を見る誰かの視線をユーリは肌で感じ取った。
「………通行手形は?」
「はい」
ユーリは腰に巻いたポーチから指定された通行手形を取り出す。片面だけ鬼灯の紋章が描かれた長方形の白い木札だ。
穴の向こうの誰かはユーリの持つ木札を確認したのか、ゴソゴソと何かを動かす物音がする。
ガコッと何かが外れるような音を立てて、紋章が描かれた木壁に穴が空いた。
もし、これが円状の扉だったら、ちょうど取っ手が備え付けられている位置だ。
「………そこに手形を差し込め。断面の方をだぞ」
「はい」
あらかじめユーリは手順を知っていたのか、慣れたような手つきで紋章に開いた穴に木札を差し込む。もちろん、断面の方をだ。
差し込まれたのを確認する方法は知らないが、向こうの方では確認できる手段があるのだろう。
視線が自分から外れた事を察知して、ユーリはワクワクした心境で木壁に描かれた紋章に目を向ける。
サクッ――――何かが差し込まれたような音が向こう側から聞こえる。すると、燃える鬼灯の紋章が淡い青色の光を放ち始めた。
(おお~………なるほど、木札自体が〝鍵〟の役割を為しているのか。欠けた状態の魔方陣を用意して、木札の断面には欠けた部分の魔方陣の一部を刻む。そして、木札を差し込む事で魔方陣は完成し、僕が本物の通行手形の持ち主か確認する、と)
魔術を志す学徒としては、この木壁と紋章の仕組みは興味が尽きないのか。ユーリの視線は淡く光り輝く紋章に向けられている。その視線は、どこか商品を値踏みする商人の目に似ていたが、同時に実験対象を観察する研究者の目にも似ていた。
瞬時に現象に対する簡易の考察を済ませると、今度は魔方陣の構成を推察しようとユーリの視線は鋭くなる。
これが何なのかは、魔術師としての歴が長いユーリから見れば、正体は即座に察しがついた。魔力の起こりも確認されたし、古代の遺跡のように魔力の起こりを隠蔽する作りは無い。
故に、ユーリはこれが魔方陣――――【魔術】によって為されたものだと理解できた。仮設ではあるが、まず間違いなく正解に近いだろう。
実際、この紋章は殆どユーリの考察通りの仕組みをしているので、改めて説明する必要は無いだろう。【魔術】についての説明はまた後で。
紋章が描かれた箇所より、もう少し左の箇所に奇麗な線が浮き上がる。180近いユーリの身長でも余裕を持って通れる高さだ。
木壁の一部が奥に沈むように移動し、小さい穴と同じ素材だろう半透明な黒紫の布地が垂れている。
「………そのまま通れ。布は掻き分けようとしなくていい」
声の主に言われるがまま、ユーリは布地を掴んだり掻き分けようとせず、何もないかのように足を上げて穴の中へと入り込む。
垂れ下がった布所はユーリに触れることなく、むしろ水の中に入り込むかのように抵抗なくユーリの身体を通した。
黒紫の布地に波紋が広がる。とぷんっと擬音が聞こえてきそうだが、実際は布地が擦れるような音を立てる事もなく、ユーリの身体は布地の向こう側へと消えていった。
まるで、鏡の向こうに消え去るように。
to be continued
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