雛鳥とコンピュータ(仮)

廃棄物13号

序:自律兵器と生体兵器。その始まり。

自律兵器(無人兵器)と生体兵器の始まり。

それはサイバネティクスとバイオテクノロジーの生存競争だった。

鉄と肉の兵器たちは、その始まりから争いを始めていたのだ。

宣戦布告はとうの昔に済ませていて、その開戦も既に終わっている。

その担い手が人間から、兵器の手に渡っただけだ。


始まりは、サイボーグ用の専用武器の開発からだった。

肉体の大部分を、内蔵や筋肉を機械に置き換えたサイボーグの躯体には、空いたスペースを見出すことができたのだ。なんなら、置き換えるものに何かを加えることができたのだ。

そうして始まったのが、サイボーグ用の内蔵武器の開発だった。

腕部にグレネードランチャーやマイクロミサイルを搭載したり、大型の高周波ブレードを内蔵することは即座に試みられ、すぐに普及した。グレネードじゃなくても、機関銃だったり、手榴弾をパチンコのように打ち出す機構なんてものも産まれた。

ロボットアニメに出てくるような、腕そのものを発射するロケットパンチなるものも考案され、開発され、販売された。

脚も武器じゃなくて小型のプラズマジェットエンジンを内蔵してアーマーに身を包むスーパーヒーローのように足の裏からジェットを噴射して空を飛んでみせたり、やはり巨大な刃を搭載してまさに踊るような戦い方を披露するサイボーグは、ヒロイックであり人気だった。

実際は暗器の一種として扱われていたが、煌びやかなカラーリングを施された、ヒロイックなボディのサイボーグが振るう姿は、まさにヒーローのようであったのだ。

当然、胴体にも武器が内蔵されるようになった。下品な話だが、中には自分の股間にリボルバーのような大口径拳銃を搭載したサイボーグも存在する。


しかし、すぐに問題が起きた。

いくら機械化や人工臓器へ差し替えてスペースを空けても、結局は人間というハードウェアというのはぎりぎりであったということ。

物語フィクションのような、不可思議で複雑怪奇な変形機構を実現したり、それによって姿を見せる巨大兵器、というのはできなかったのだ。

もう一つの方が重要で、機械化を重ねていくと、何故か人間の精神に異常を来すようになったのだ。

サイバーサイコとメディアで報じられるようにもなったその精神疾患の原因は謎、恐らくは人間の脳が機械化されていく身体に理解が追いつけずそれが精神の崩壊もしくは荒廃をもたらしているのだと言われていた。

ならば脳を機械化すればいいのでは、と電脳化が普及したのだが、むしろ増大の一途を辿っていったのだった。


その問題を解決する為に産まれたのが、発展を始めたのが人工生体部品、バイオテクノロジーであった。

機械化された身体に脳が、人間の魂たるものが拒絶するのなら、肉と骨、血と神経で動く人工の生身なら適合するのでは?というものだ。

生体人工臓器や人体の部品というものが既に開発されて実用されていたので、そこからの拡張は速かった。

ただ一つ言うなら、デザインの醜悪さが問題だった。

こちらもフィクション物語のような精錬された、自然が生み出した見事な刀剣のようなデザインを整形するのは不可能だった。

辛うじて、肉がこびりついた奇形の骨の刃。あるいはむき出しの筋肉で作られた鎚。

これが初期の生体武器だった。

そもそも、骨と肉を成形して見事な武器を作ることなど、そのまま生物の思うが儘に任せては不可能なのだと、即座に判断が下された。

そこで用意されたのが、タンパク質ベースのナノマシン群体だった。

このナノマシンに与えられた命令は、周囲の生体部品を武具に加工すること。

同時にその生体武器を格納可能にできるよう、改良を肉体に加えることである。

やがてナノマシンの加工技術が向上すると、格納せずに不要な時は分解しておいて、必要な時に即座に武器へ変形させることができるようになり、隠密性や格納能力が上がった。


とはいえ、やはり人体というハードウェアが進化する技術についていけない、デッドロック現象ともいうべき問題は起きてしまう。

そこで先に解決策を考案したのはサイバネティクス側だ。

これが、後に有人兵器、無人兵器へと進化する機動兵器、パワードスーツの始まりだった。

パワードスーツ自体はやはり既に存在していた。テロリストが兵器化して運用したという歴史も多いし、軍用のパワードスーツというのは既に存在していた。

しかしそれは、サイボーグ用ではなく生身の人間用であり、サイボーグ用のパワードスーツというものは、当時は発想すらなかったのだ。

サイボーグ用のパワードスーツは、パワードスーツよりも、という色合いが強かった。

身も蓋もない例えをするなら、綿

肉体を強化された人間なら、多少無理はさせても問題ないだろう。

そんな理屈は、戦車や装甲車、戦闘機ですでに通っていた。

そもそも人工臓器やサイボーグ化は、兵器のスペックを人間を乗せたままでも全力で発揮させるための解決策の一つとして始まったのだから。

人間の身体に詰め込め切れないなら、身体を大きくすればいい。

もっと大きい体を用意してそこに入れれば、もっと入れられる。

そんな子供のような発想で産まれたサイボーグ用のパワードスーツは、やがて機動兵器と名前を改めるようになった。


一方のバイオテクノロジー方面は、当時にわかに広まりつつあった人工生命体によるパワードスーツの開発を試みていた。

いや、当時から既にそれはパワードスーツではなく、自律兵器だった。

しかし当時はまだ、自律兵器は禁じられていた。

理由としては暴走した時のリスクが大きい事だった。機械の反乱というより、単純に制御を失った無人兵器が民間人を攻撃したり、市街地を爆撃するといった事件が頻発していたからである。

だからサイバネティクス側も、自律兵器ではなく安全装置兼最終決定装置として、有人兵器として開発が進んでいたのだ。

よってバイオテクノロジー側も制御装置として人間を組み込むことを選んだのだが。


生理的嫌悪感の解決ができず、テストパイロットが全員辞退してしまった。

外見が気持ち悪い、肉と骨で作った蟲の化物が気持ち悪すぎる。

内部が気持ち悪い、人間の胎内をイメージしたとは言うが、気色悪すぎる。

操作系統は問題ないとして、肉に密着しなきゃいけないという構造が受け入れられない。

一体化し過ぎて気分の悪さが抜けない、まだあの化物と自分の手足が重なって見える。

etc。


減刑を条件に囚人をテストパイロットに招いたものの、減刑など要らないからアレに乗せるのは許してくれと連れてきた看守に泣きつく始末だった。

こうして、有人生体兵器の道はあっけなく閉じてしまう…かと思われた。

だがバイオ研究者たちは考えたのだ。


パイロットがいないのなら、造ってしまえばいいと。


そうして産まれたのが、表向きは孤児。あるいはそもそも「存在しない」。

生体人型操縦システム、コードネーム雛鳥である。

雛鳥の役目は、生体兵器の操縦システム。パイロットだ。

その為だけに産まれ、その為だけに生きて、そしてやがて死ぬ。


見た目は最長18歳、最低7歳ほどの少女だ。これはバイオ研究者の一人の娘が病で早逝し、そのショックと研究が行き詰ったショックが重なって精神が崩壊した結果雛鳥の見た目が少女になったと言われている。

雛鳥は使用期限が近い精子・卵子バンクに登録された精子や卵子を、人工精子(卵子)と受精させ、生体兵器に用いているものと同じ生体ナノマシン群によって胚あるいは胎児の時期から改造を施されて産み出されている。

こう書くと雛鳥は人間よりも速く成熟しているように思えるが、実際は全く未成熟といってもいい。皮膚は紫外線や日光に耐えられるほどの強度を持っておらず、また内蔵は循環器系が辛うじて成熟しているだけで他はほぼ未成熟。そのため臍帯から栄養と老廃物を循環させなければ栄養失調であっけなく死ぬ。

骨に関してはナノマシン群による加工で未成熟、未完成だらけの雛鳥の身体で唯一年相応に完成しているが、頭蓋骨に守られた脳はナノマシンの培地となっている。

ナノマシンが未成熟な神経細胞の代わりとして活動することでコンピューターとしての機能を有するので、必要な情報、生体兵器の操縦方法は勿論、作戦内容などを入力すれば雛鳥の意識が理解しなくてもナノマシンが理解し行動に移す。

もっとも、雛鳥に意識があるのかは分かっていない。人間が持つ感情があるのか、人格があるのかは分からない。


こうして生体兵器が画期的かつ悪魔的な方法でパイロット問題を解決している中、機動兵器もとい自律兵器たちはというと、パイロットを補佐し、いざという時はパイロットに決断を任せるサポートAIが導入された。

これは、AIすらない無人機に愛着を持つことがある人間の心理を考えて決められた。

パイロットに必要なのは、AIの「これは敵なのか」「撃っていいのか」のような質問に対してボタンやトリガーを引くことで肯定を示す意思、そして機動時の負荷に耐えられる肉体だった。

いつの間にか、サイボーグ用のパワードスーツではなく有人機動兵器へとシフトしていたのだが、その頃には元の肉体とは大きくかけ離れたサイボーグ兵士が姿を見せるようになったので、パワードスーツではなく有人機動兵器としての開発研究となった。

パイロットは訓練に加えて、義体化率に応じて耐ショックスーツといった装備を身に着けることで負荷に耐えながら戦えるようになっている。

この戦闘服は、機体を放棄して脱出した際にも使えるように調整されており、またコックピットには自衛用の銃を含めたサバイバルキットが常備されている。

そのため、機動兵器のパイロットの生存率は意外にも高い。

勿論、サイボーグも搭乗できるようになっているし、サイボーグならサイバーコネクターで直に機体と繋がることでより直感的に機体を操る事が出来た。

何故か、被弾した際の衝撃やダメージが痛覚で伝わるようになっているのだが。

これは開発者が非人道的と言われてもどうしても実装したかった機能と言われている。

しかし、この機能のおかげでサイボーグのパイロットは引き際や危険を察知することが出来ており、結果的に命を救っている。


一方雛鳥たちは生体兵器の外で生き延びることができないため、生存率はゼロである。

しかし生体兵器は優れた意思決定装置を得て、雛鳥は生体槽から出ても長時間活動できる肉体を得るのだ。ある意味では、パワードスーツとしての体裁はこちらのほうが保っている。


こうして、鉄と肉の獣が、騎手を得て表舞台へと姿を現した。


生体ナノマシンによって構築された生体金属と人造生体部品で構成された生体兵器。

無骨や華奢そうな金属の機構と装甲を組み合わせた有人機動兵器。


前者のパイロットは雛鳥。生体兵器と共に生き、共に死ぬ。人造の乗り手。

後者のパイロットは人間。時にサイボーグ化され、兵器たちの決断を決める裁定者。

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