二人の要求
「ただいま~」
俺は家に帰ってきた。ついつい帰り道の時、前の住所の方に帰りそうになったが、途中で思い出し、新居の方へ戻っていった。まだグーグ〇マップとか、スマホがないと戻れないので完全に自宅に戻る人間の行動ではなかった。
観光客かよ、みたいな(笑)。
「ちょっと」
その時だった。家には既に帰っていた鈴の姿があった。
「げっ!」
俺は表情を歪める。
「なによ……その嫌そうな顔さ。ちょっと話あんだけど」
「話?」
「いいから、靴脱いであがってきなさいよ」
「言われなくてもここは俺の家でもあるんだから靴脱いで上がるけど」
俺は家に上がった。
◇
誰もいない一軒家――というよりは豪邸。だだ広いリビングで俺と鈴は二人きりになる。
「それで、話って?」
「あんたみたいなダサいオタクが私のお兄ちゃんとか、本当マジ、ちょーサイアクなんですけど」
来やがったよ。その喋り方。こいつらはマジで語彙力がないんだ。口を開けば「キモい!」「サイアク!」「サイテー!」それくらい罵り方しかないんだ。語彙力のないチンパンジーみたいな連中。ただ鈴の場合はギャルといってもファッションギャルみたいなところはある。
両親が金持ちだと、単にそういうファッションをしているだけで、こいつはそれなりに勉強もできた。だから頭が悪いという事もないのであろう。
「友達にも紹介できないじゃん。あんたみたいなキモいオタクがお兄ちゃんとか。マジほんと、サイアク。今すぐ死んでほしいくらい。つーか死んでよねぇ。あんたさ」
「うるせねぇ! 馬鹿! 俺だって夢にまで見ていた義理の妹がお前みたいなギャルだった時どれだけの絶望感を味わったと思っているんだ! 俺はな! 義理の妹にするならシス〇リの可憐ちゃんみたいな甲斐甲斐しくて可愛い! 正統派の妹を神様に所望していたのよ!」
「はっ……何言ってんのよ。アニメかゲームの話かしんねーけどさ。あんたみたいなキモいオタクの事好きになる妹とかいるわけないじゃん」
グサッ! 言葉のナイフが俺の心に突き刺さる。
「つーかさ。妹は愚か、世界中の女のうち一人も好きになる奴現れないと思うけどね。ぷっぷっぷ!」
グサグサッ! 言葉のナイフが俺のハートをグサグサにしていく。
「い、いるかもしれないだろ! 一人くらい! 一人くらいシス〇リの可憐ちゃんみたいな義理の妹が現れて、俺の事を無条件で好きになって、結婚してくれるかもしれないだろ!」
「ぷっぷっぷ。馬鹿じゃない? そんな奴いるわけないじゃん!」
俺の夢は儚く消えてちった。
「殺せ……もう俺の人生には夢も希望もない。殺してくれ」
「いやよ。あんなみたいなキモオタ殺して殺人犯になるとか、リスクリターンがかみ合ってなさすぎ。死ぬなら勝手に自分で死んでよ。ここで死なれると迷惑だからさ、どこか樹海にでも行って死んでよ。頼むからさ」
こいつは、もう、言いたい事をさっきっから。
「それで、なんなんだよ、話って」
「話?」
「玄関先で話があるって言ってただろ。その話ってなんだ」
「あー……あれね。だから、私のお兄ちゃんがあんたみたいなキモオタだと、皆に紹介できないし、何かと不便じゃない。私が」
「……それはそうかもしれないが」
「だから、普通になってよ」
「普通って?」
「そりゃもう、オシャレな恰好して。筋肉質な体で。土日は夏はサーフィンに出かけて、冬はスキーに出かけるような。それでいて、普通に友達が多くて、彼女がいて。そんな『こんなお兄ちゃんいるなんて羨ましいー!』って周りの連中が声を上げるお兄ちゃん。それが私にとって普通のお兄ちゃんなのよ」
な、なにを言っているんだ、こいつは。そんなお兄ちゃんが普通だって! そんなステータスを満たしている奴、お兄ちゃん人口の上位1%だろう。そんなお兄ちゃんがこいつにとっての普通だって言うのか。
「それを満たせたら、あんたを『お兄ちゃん』だと認めて、そう呼んであげるわよ。それで普通に友達に紹介する。それが話って事。もっとまともになってって言ってんのよ」
「俺こそ言わせてもらうぞ!」
「な、なによ」
「俺だって、お前を妹として認めたわけじゃないんだからな! 俺の義妹はそれはもう可憐ちゃんの甲斐甲斐しくて可愛い妹なんだよ! お兄ちゃんの事が大好きで! だがな、お前がそういう妹になれたなら、しょうがない。俺もお前の事を妹と認めよう」
「……何よそれ」
「大体、理不尽だとは思わないか?」
「理不尽?」
「お前ばかりが俺に要求してきている事だよ。お前は俺にばかり変わる事を強要してきている。だけど、お前はどうだ? お前は一切変わろうとしていない。俺の要求を一切受け入れようとせず、自分で要求しようとしている。世の中はなんでもギブアンドテイクだとは思わんか?」
「そ、それはまあ、確かに……そうね。私ばかりが要求するのはフェアじゃないわね」
「そうだ。その通りだ!」
「だったらこうしましょう。あんたは私の理想のお兄ちゃんに近づくために努力する」
「それでお前は俺の理想の妹になる為努力する」
「それであんたが理想のお兄ちゃんになれたら、私はあんたの事『義兄(おにい)ちゃん』って認めてあげるわ」
「俺もお前が俺の理想の妹に近づけたら、ちゃんと『義妹(いもうと)』として認めてやるよ」
そうしてこの日から俺達は、お互いがお互いの理想の関係になれるように努力しあう事を誓った。
そう、俺達が本当の家族になるために。現実は漫画やアニメ、ライトノベルじゃない。だからきっと、俺達は本当の理想の関係にはなれない。
だからちょうどいい。妥協点にたどり着けるまで。お互いに努力し合おう、そう誓ったのだ。
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