36 謎の招待

 貴女を信用して、と。テレーシアはギルベルトとの関係を白状してくれた。ただしその一時間後には、平気でその信用を裏切っていた。エリーに慰めてもらうためである。


「エリー……」


「なんですか、クリス姉様?」


「大好き」


「わたしもクリス姉様のことは大好きですよ」


 今日も先に帰ってきていたエリーの胸に飛び込みよしよししてもらう。この癒やしがあるからこそ、私は今日生き抜けたといっても過言ではない。


「テレーシア……あの女はもうダメよ。あれだけ毎日のように私で遊んでおいて、もう私のことになんて興味がないの。良い人が見つかったらすぐにポイよ、ポイ」


 昔見たドラマで見たようなセリフ。まさか自分がこんなことを言う日がくるとは思わなかった。


「私にはやっぱりエリーしかいないわ……」


 他の女に手を出そうとしてダメだったから、今の恋人に慰めてもらう。やっていることと言っていることが実に最低である。


「私、エリーと結婚する」


「クリス姉様が男になれるのなら喜んで」


「それは無理な相談ね」


「では予定通り、わたしは婚約者のものになるしかないようですね」


「捨てないでエリー……貴女がいないと、私は生きていけないの」


「そう言っておいて、何だかんだで生き延びそうなのがクリス姉様ですけどね」


 茶番である。


 こうやって最近はいつも慰めて貰いながら、最後にはケロっとしているのが私だ。


「そういえばクリス姉様。ラインフェルト家から言伝を預かっておりますわ」


 それを見計らった頃、エリーはそんなことを切り出した。


「家から……言伝? 一体なにかしら」


「王様の生誕祭に招待されたから、そのつもりでいるようにとのことです」


「ああ。毎年の恒例行事ね」


 再来週、王は誕生日を迎える。それを盛大に祝うイベント事で、ラインフェルト家は毎年招待を受けている。その招待はあちこちに届いており、王都外に根を張る貴族も総出でやってくる。


 エリーも伯爵家の娘。当然彼女も出席する予定だ。


「そういえばこの前の舞踏会では会えなかったから、貴女の新調したドレス、見るのが楽しみだわ」


「私もクリス姉様の新しい晴れ姿を見るのが楽しみです。――ですが、わたしが受けた言伝はそっちの招待ではありませんわ」


「え?」


「正真正銘本物の生誕祭。王のお誕生日当日にお呼ばれしたようですよ」


「はぁああ!?」


 あまりの驚きに、淑女あるまじき大声を上げてしまう。


 王の生誕祭は、二日にかけて行われる。誕生日の当日と翌日。当日は一部の者だけを呼んで慎ましやかに行われ、二日目は国中の貴族こぞって盛大に行われる。


 私たちが例年呼ばれているのは、その二日目。


 一日目の生誕祭はそれこそ近親者を中心に、王と親しい人物や重役だけが招かれる。ラインフェルト家は一度も呼ばれたことはないし、これからも呼ばれる機会などないと思っていた。


「それもラインフェルト家ではなく、クリス姉様を直々にご指名しているとのことですよ」


「何で、私が……?」


 トールならわかる。テレーシアならわかる。ギルベルトならわかる。


 だが、なぜ私が? 彼らと違って私の身は軽すぎる。直々に王よりご指名されるような身分では決してない。


 王の意図がわからない。ハッキリ言って怖い。


「凄い、行きたくないのだけれど……」


「ラインフェルト家が終わりますわね」


「そうよね……あぁ、頭が痛いわ」


 そんな私の比喩を真に受けた訳ではないが、頭を撫でてくれる。


「ま、呼ばれたものは仕方ないわね。切り替えていくわ」


「テレーシア様のことも、そのくらいの切り替えの早さがあればいいですのに。早く次の方を見つけられては?」


「自分で思っていた以上にダメージがあるの。しばらくは無理ね」


 寝ても覚めてもテレーシアテレーシア言いながら過ごしてきたのだ。降って湧いた相手に全て持っていかれたダメージは、しばらく回復しそうにない。


 そして何より、今回のダメージはそれだけではないのだ。


「そうだエリー。お願いがあるのだけれど」


「なんですか? クリス姉様の頼みながら何でもお聞きしますよ」


「何でも? じゃあ結婚して」


「所詮、クリス姉様とは火遊びだけの関係です。時期が来たらポイさせて頂きますわ」


「私を捨てないでエリー……! 貴女がいないと私、生きていけないの……!」


「それで、何のお願いですか?」


 二年も共に愛し合ってきた仲である。茶番の付き合いからあしらい方まで、しっかり彼女は心得ている。


「この後寮を抜け出すから、周りには適当に誤魔化しておいて」


「外泊ですか? それも周りに知られたくないような行き先の?」


「ええ。ちょっとヴァルトシュタインの別荘まで、トールと二人で」


「あら。それは確かに知られる訳にいきませんね。大問題ですわ」


 男女のお泊り。


 婚約もしていない貴族の令息と令嬢が、二人でお泊りをしようものなら大問題だ。ただでさえ私とトールの仲は、そういう関係だと思われている。秘密でお泊りをしておいて、二人は親友だとは通らない。


 なので密会だ。後ろめたいことはなくとも、このお泊りは隠し通さなければならない。


「わかりましたわ。クリス姉様の留守、わたしが守ってみせます」


 こういう時に、私たちの関係を理解し、内側から守ってくれる相手がいると助かる。


 トールとの友情の理解。それは同時に、うすうすであるがトールの秘密を察しているのかもしれない。


 ただそれを確認せず、心の中で秘めている。


 人様の興味を引く秘密を、吹聴するのでもなく、探る訳でもない。間違いなくこれはエリーの美徳であり、愛する彼女の素晴らしき一面なのだ。

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