35 貴女を信用しております

「エーリー……」


「ほーら、よしよし。クリス姉様は可愛いですね」


 情けない声を出す私を、胸元で抱きしめ頭を撫でてくれる可愛い恋人いもうと


 まるで子供をあやすようにして、今日も今日とて私は慰めてもらっている。


 あの悲劇の舞踏会から、二週間ほどか。私は未だ立ち直れずにいた。


 本当にあんな悲劇はあったのか。そう思えるほどに、表面上テレーシアとギルベルトの間に変化は見られなかった。


 私とテレーシアたちとは教室が離れているから、変化を確認するどころか、目撃できること自体あまりない。なので特進クラスの調査員トールからの報告を聞くしかなく、彼の言葉からしか二人の様子は伺えない。


 ベタベタとする様子もなく、むしろ前より距離が離れている。一歩身を引いているくらいだと語っていた。


 そんな二人の様子にやきもきしていた私は、昨日、ついに彼女らの関係に踏み込んだのだ。


 放課後。帰り際のテレーシアを待つこと三十分。


 ついに見せてくれたその背を追い、偶然を装い帰宅途中のテレーシアを呼びかけた。


「御機嫌よう、テレーシアさん」


「あら、ミス・ラインフェルトではありませんか。御機嫌よう」


 意外な相手に声をかけられたとばかりに振り返るテレーシア。


 その声にはいつもの覇気がない。それは元気がないとか、そういう意味ではない。勢いがないのだ。いつもならばすぐに私の粕を探す、あのギラギラした目が見受けられない。


「よろしければ門までご一緒しても?」


「別に構いませんわよ」


 ただのクラスメイトに対応するような、ごく当たり前の対応であった。


「何だかこうして貴女の顔を見るのも久しぶりな気がしますわ」


「そうですね。久しぶりにテレーシアさんのお顔が見られて嬉しいです」


「わたくしたち、三年もの間同じ教室で過ごしていましたからね。最近何かが物足りないと感じてはいましたが、きっと貴女が教室にいないからかもしれませんわ」


 いつものポジショントーク。


 特待生と一般学院生はその教室を共にすることはない。そういう裏があるのだ……と、いういつもの流れかと思ったが違った。


「教室と言えば、どうかしら、教室の方たちとは。上手くやれているのですか?」


「女の子が三人だけの教室ですから、その分仲良くさせて頂いております」


「確か二人共、庶民の出と伺っていますが」


「はい。ですがこの学院に至った二人。私なんかよりもずっと優秀ですよ。そのような方たちと教室を共にできて嬉しい限りです」


「その二人もきっと貴女と同じ気持ちですわ」


「そうだと喜ばしいですが」


「貴女のような立場にこだわらない貴族はとても貴重です。彼女たちにとって、そんな貴女が傍にいてくれるのはとても心強いですわ。お互い切磋琢磨しながら、これからも大切にしてあげなさい」


 以上である。追撃もない。


 貴女は庶民といることがお似合いと言っている訳でもなく、言葉の通りに受け取っても構わなそうな感じだ。むしろ人として正しすぎる素晴らしいお言葉であり、テレーシアの口から出していい言葉ではない。


 会話に続きはなく、無言と時間だけが過ぎていく。


 このままでは門まであっという間。また明日となって終わりである。


 私はついに、切り出す覚悟を決めたのだ。


「そういえばテレーシアさん。アーレンスさんとはどうですか?」


「ひえっ!? ギルベルトさん!?」


 声が上ずり、わかりやすいくらい動揺しているテレーシア。久しぶりに本物の彼女に会えた気がする。


「どうとは……一体どういう意味ですの?」


 白の反応では決してない。


「私……見てしまったんです」


「見て……な、何をですか?」


「舞踏会の夜のことについてです」


「ッ! ミス・ラインフェルト、まさかあれを覗いていたのですか!?」


 それは怒りではなく羞恥の叫びであった。


「覗くつもりはなかったのです。トールと二人、声が聞こえてきたのでご挨拶をしようとしたらたまたま……」


「あ……あ、あ……」


「二人はまだ出会ったばかり。アーレンスさんが好意を抱くのは仕方ありませんが、貴女はテレーシア・フォン・グランヴィスト。あれは……テレーシアさんの本意ではありませんよね?」


 うん、と。頷いて欲しい儚いこの願い。


「アーレンスさんが無理やり――」


「違います!」


 なのに力強く、彼女は私の言葉を否定したのだ。ギルベルトの名誉を守るために。


 恥じらいで顔を俯かせたまま、彼女は私の耳元にその唇を寄せた。


「あれはわたくしの本意です。だから……して……ますわ」


 ポツリと呟かれる声。


「ギルベルトさんとお付き合い、していますわ」


 誰にも打ち明けてはいけない秘密を、勇気を振り絞ったかのようにか細い声で明かされた。


 死にそうな目で、すがるように彼女の横顔を伺う。


 見たことのない顔だった。


 顔が赤く染まっているのは、差し込んでいるこの夕日のせいではないだろう。恥じらいに染まった乙女の顔が、そこにはあったのだ。


「テレーシア、さん……?」


 かすれた私の声に応えるのは、か細い乙女の声。


「お父様にも、お母様にもまだ打ち明けておりません。……ミス・ラインフェルト、貴女を信用しております。このことはまだ内密でお願いしますわ」


 それだけを言って、テレーシアは小走りで去っていった。


 羞恥から逃げるかのような彼女の背中。それを見送ることしかできず、私の歩みは止まってしまった。


 そう、止まったのだ。


 それは断罪のように。


 私の恋はこれで終わりと、本人から死刑宣告を受けたのである。

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