33 舞踏会を抜け出して
「気持ちのいい夜風ね」
一度は落ちた舞踏の幕。それは時間を置いて、すぐにまた上がることになろう。
アンコールを求められる前に、私たちはテレーシアたちの真似をした。再び音楽が奏でられるのを待つことなく、舞台より抜け出したのだ。
「そうだね。涼むのに丁度いい夜だ」
トールは首元を緩めると、夜風を中に送り込む。
城内にこもった熱気と、ダンスを一曲踊ったことにより身体が火照っ て仕方ない。乾いた喉を冷たいワインで潤そうにも、むしろ回ったアルコールこそがこの火照りに一役買っている。
涼んでいたとさえ言えば、姿を消した名目も立つだろう。
城外を出てすぐに庭園がある。手入れされた緑は人の視線より高く、一つ曲がればそこに誰がいるかもわからない。視界を照らすのは、月明かりと城内から漏れ出す光だけ。雲隠れして姿を潜めるには、まさにもってこいの場所。
「ねえ、トール」
「なんだいクリス?」
二人きりとなり、秘密の話をするのにも丁度いい。
「先日の件について、貴方の家ではどういう話になっているかしら?」
先日の件。その顔の強張らせよう、どんな話かちゃんと伝わったようだ。
ヴァルトシュタイン公は軍務局の大臣。トールはいずれその地位を継ぐ存在だ。今回の件について、家で話し合っているのが自然だろう。
「第二の魔王の可能性。やはりそういう方向で進んでいるの?」
「……そうだね、このくらいなら隠す話ではないか。君の言う通り、軍務局でその可能性を考えて動いているようだ」
「動いているとは、具体的にはどのようにかしら?」
「すまないクリス。そこは話せない」
いくら親友とはいえ、機密にしなければならない話というものはある。ヴァルトシュタイン家の次期当主としての正しい在り方であり、私もそれは弁えている。
「なら、問い方を変えるわ。魔神の遺産の研究者たちを、ちゃんと調べているのかしら?」
「クリス……なんでそれを……」
トールは顔を強張らせる。
魔王と遺産の研究者。その繋がりを知っている者の驚きである。やはりトールは次期当主として、ちゃんと知らされていたようだ。
「ギルベルトから聞いたのよ」
「ギルなら確かに知っていてもおかしくは……」
「魔王について、彼が全部教えてくれたの」
「はぁ、ギルの奴……これは国家機密だというのに」
「事件の当事者だからといって、ペラペラと話してくれたわ」
想い人に呆れてものも言えないといった様子だ。
「それで、研究者たちにおかしな人はいなかったの?」
「おまえは魔王なのか、なんて取り調べはできないからね。まだ調べている最中さ」
「遺産については?」
「それはすぐに調べたようだが、持ち出された形跡はなかった。そもそもあれは研究者とはいえ、触れないようにしているんだ。持ち出そうものならその時点で騒がれる」
「触れないように……? 研究者なのに?」
「魔王の成り立ちについて、ギルから全て聞いているだろ? ならあれの危険性は知っての通り。今はその研究は凍結され、宝物庫の奥に厳重に封印されているんだ」
遺産に残された魔神の意思。その意思は新たな魔王を生む恐れがある。危険性を顧みず研究を続ける、そんな愚かな行いはしていないようだ。
「なら今回は、研究者から魔王が出るようなことはないようね」
「もし第二の魔王なんてものが生まれたのなら、それは後から出てきた発掘品が原因だろうとの見解だ。そして新たな遺産を発掘する者がいるとしたら」
「探索者、ね」
彼らの生業は遺跡探索。新たな遺産を見つけていてもおかしくはない。何より探索者の半分はろくでなしと、その道のベテランが断言している。国に納めなければいけないそれを、ちょろまかしていてもおかしくはない。
ふと、それで思いついた。
「もしかして、ギルベルトが新たな魔王だったりして」
「ああ、ギルか。確かにギルなら、その可能性も在りうるだろうね」
軽い調子で言う私に、トールもまたその可能性を認める。
「英雄ほどの探索者と一緒なら、新たな発掘品を見つけてもおかしくはない。その過程で遺産に触れ、その声を聞いたりとかね。何より今回の騒動、ギルは一番真ん中にいる。彼が魔王であったなら、あれくらいできてもおかしくはない」
腕を組みながらトールは可能性を検討していく。真面目な顔で、現実味に帯びた推論となっていく。
「本当にそう思っているの?」
「まさか。ありえそうなだけで、これは絶対にありえない話だよ。なぜならあれの危険性を一番知っている者たちが傍にいるんだ。もし見つけたところで、子供のギルに触れさせる訳がないだろう」
その通りだ。英雄たちがそんな危険なことを、ギルベルトにさせるわけがない。
「だから第二の魔王は手癖の悪い探索者か、そんな彼らが売り出した先で出現したものだろうね」
「それが順当ね」
これ以上は憶測の上で憶測を語るに等しい行いだ。いくらでもそれっぽい話は作れるだけで物語の域は出ない。
「だから今一番知らなければならないのは、魔王がどこから出現したのではなく、なぜあの遺跡にあのような細工をしたかだ」
魔王の目的。
「魔獣を生み出す実験か何かかしら? 手に入れたばかりの力を試していたのかもしれないわ」
「それならもっとコッソリやるだろうな。折角手にした力だ。扱いきれず持て余している間は、存在を知られたくないのが道理だ」
「そうね。あれは明確の意思の下、特待生を狙った罠だものね」
「あのポータルにどんな細工がされていたかはわからない。最初に触れた二人だけに機能するものなのか、女性だけを狙ったものなのか。もしくは君とテレーシアだけに狙いを……いや、それはありえないか。テレーシアならともかく、クリスが来ることは一部の者しか知らなかったんだ」
「ほんと、あれもこれもと言っていてもキリがないわ。どうやら上の見解を待つしかなさそうね」
「だね。僕らは所詮はまだ子供のようなものだ。大人の判断を待つことにしよう」
話に一区切りつき、トールは呆れたようでもあり諦めたような顔をする。
「それで、彼は他にどんな話をしてくれたんだい。ギルのことだから、あれもこれもとついでに機密を漏らしていそうだけど」
「そうね。もっと凄い秘密を漏洩してくれたわ」
「呆れた。一体どんな秘密だい?」
「彼自身の秘密よ。淑女の矜持にかけて秘密は漏らさない、と誓って教えてもらったの」
「ギルの秘密か。それはまた気になるな」
だから教えてくれ、とはトールは言わない。
個人と個人の約束事である。親友だからといって、特別にその中身を教えてくれなんて恥知らずな真似、トールはしないのだ。
「何とギルベルトと英雄には、血の繋がりがないそうなの」
だから恥知らずな真似をするのは私である。
「実の両親は英雄の恋人と親友である、賢人マルクスと智者エミーリアみたいよ」
目を見開き驚嘆しているトールに、続けざまに人様の秘密を暴露する。
「……淑女の矜持に誓って秘密は漏らさないんじゃなかったのかい?」
声を失っていたトールがようやく漏らした言葉は、私のことであった。
「そうね、誓ったわ。でも私、淑女の矜持と親友との友情なら、友情を取るタイプなの」
「それはまた、僕は幸せ者だ」
苦笑いではあるものの、どこか喜びの色が含まれていた。
「聞いて欲しいことがあるの。私ではなく貴方こそこの話を知るべきだわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます