28 第二の魔王
「昨日の件、な」
ギルベルトの眉が顰んだ。
「レディファーストだなんて気取って、余計なことをしちまったよ。俺が先頭を切っていれば、ラインフェルトたちにあんな負担をかけずに済んだかもしれない」
「別に責めている訳ではありません。あれは誰にも想定できなかったこと。アーレンスさんが気に病むことではありません」
「そう言って貰えると気が楽だよ」
「なので私が聞きたいのは、昨日の件をどのように解釈しているかです」
「俺の解釈、ね」
考え込む風を取っているが、昨日から今日までにかけて時間はあったのだ。彼なりの解釈は既に組み立てているだろう。
「その様子だと、俺の解釈を聞きたいんじゃない。同じことを考えているかを聞きたいんじゃないのか?」
コクリと頷く。
その通りだ。とんでもない大事な話になるだろうが、あのようなことが起きたのだ。むしろその可能性以外に浮かばない。
「第二の魔王が現れたんじゃないかって」
十八年前、突如として現れ、レデリック王国を災禍に陥れた存在。
私たちの世代では近くありながらも既に終わった過去である。魔王によって失われた町や村、命などは数字でしか知らない。
だからその恐怖を、身近なものとして感じられないのだ。
「勿体ぶることじゃないし、率直に言おうか。俺はその線で考えている?」
やっぱりそうか。
私たちは魔王の恐怖を知らない。
だが今ここに、新たな魔王が現れたのなら、私たちの生活はどれだけ脅かされるのだろうか? どれだけの命がまた、レデリックから失われるか。その失われるだろう命の中に、親しい人物が含まれるのか?
ギルベルトが辿り着いた解釈は特別なものではない。国の重役だけではなく、今回の話を耳にした者の多くが辿り着くだろう。
新たな魔王の存在に現実味が帯びた今、社会にどれだけの混乱をもたらすのかが心配だ。
「ラインフェルトは魔王についてどこまで知っている」
「魔王の恐ろしさとその行い。魔神の遺産を扱うその力が、どれほど特別であったかなど。精々、中等部までで学ぶ程度ですね」
「魔王がどこから現れたかは?」
「調べたことはありますが、詳しく書かれている書物がまるで。それこそポッと湧いて出たようにしか……」
「だろうな。魔王騒動の被害は他国に及んでいるんだ。かつて魔神領だったからこそ、そのような存在が湧いて出た。そういうことにした方が都合がいい」
「待ってください、その言い方はまるで……」
「ああ。魔王は魔物のように湧いて出たんじゃない。人から成ったんだ」
自らの顔が強張っているのが感じ取れる。
「遺跡で取れる発掘品は、魔石や魔物の肉体だけじゃない。魔神の手によって生み出された魔神の遺産も含まれている。
そういった遺産は国の管理下に置かれるんだが……当然、それをそのまま放っておく訳がない。専門の研究機関が解析するんだ」
知っている。
ポータルしかり、クリスタルしかり、魔神時代に生み出された品は現代にとってオーバーテクノロジー。利用価値を見いだせれば、大きな利益をもたらすことができる。
「そんな数多く研究されてきた遺産だったが、やはり魔神が生み出した品。大なり小なり、魔神の意思のようなものが残されていたんだ。……ここまで言えば、魔王がどう生まれたのかもわかるだろう?」
「魔神の意思に触れたから?」
「そうだ。魔王の正体はレデリックの研究者。何でも『魔神の声が聞こえた』なんて言っていたらしい」
何ということか。まさか魔王の正体がレデリックの国民、それも国の研究者?
レデリック王国が他国より大きくリードしているのは、遺跡の発掘品があってのもの。その発掘品のせいで魔王ほどの存在を自国で生み出し、他国へ被害をもたらしたのだ。
もしこれが公の事実として公表されようものなら,レデリックは他国より大きな非難を浴びるだけではない。独占している遺跡管理の在り方までその責任は追及されるはずだ。もしそれを跳ね除ければ戦争に発展しかねない。
「魔導学院が輩出した研究者。その力は非凡なれど聖賢者へ至るに届かず。そんな研究者がなぜ魔神の意思に触れただけで、世界の災禍に至れたと思う?」
「それは力を与えられたからでは?」
「ま、確かにあれは一つの力だな。ただラインフェルトが考えるような力じゃない。得たのはあくまで知識。それを得るだけで、研究者は魔王へと至り、この国は危機に瀕したんだ」
世界を敵に回せるほどの知識。その意味を私はすぐに気づいた。
「人である身で、魔神の遺産を扱えるようになった者。それが……魔王の正体なのですね」
「そんな存在だ。魔神の声を聞く中で、ポータルの小細工や、魔物を従える術を知っていてもおかしくはない」
だからギルベルトは第二の魔王と言ったのだ。
魔王が復活したではなく、新たに魔神の意思に触れた者が出たかもしれないと。
「……いいのですか、そんな事実を私に話してしまって」
英雄はこの事実を知っていてもおかしくはない。例え口を閉じなければならない事実であろうとも、探索者の道を歩んできた息子くらいには、魔神の遺産の危険性を語ったのだろう。
ただ、私はただの子爵令嬢だ。こんな事実を知らされるには、あまりにもこの身は軽すぎる。
「ラインフェルトはあんな目にあった当事者だ。なのにこのくらいの事実、教えてもらえないなんてフェアじゃないだろ?」
ギルベルトが国家機密を漏らした理由は、そんな曖昧な、感情に起因するものだった。
もしくは自らの出生と父の秘密を語ったのだ。毒を喰らわば皿までの精神なのかもしれない。
自然と笑みがこぼれた。
「国家機密ですよ。私がその重さに押し潰されるとは思わなかったのですか?」
「そこまで繊細じゃないからこそ、こうして生き残ったんだろ?」
確かにそうだ。言い返すことなんてできやしない。
私はクリスティーナ・フォン・ラインフェルト。ただの繊細な淑女であれば、あんな目に遭うことすらなかっただろう。
「魔導学院特待生、その主席様に、一般学院生が助言させて頂いてよろしいですか?」
「なんだ?」
だから繊細とは縁遠い子爵令嬢として、優雅に微笑みながら言うべきことはちゃんと言うのである。
「良い音が鳴りそうな頬をしているんです。言葉選びは、早めに矯正した方がよろしいですよ」
「おお、怖っ」
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