27 英雄の真実
英雄オスヴァルトの恋人が、賢人マルクス?
「……賢人マルクスは、実は女性だった?」
「いや、史実通り男だよ。むしろそんな父親似らしいよ、俺は」
「では英雄オスヴァルの方が本当は女性だった?」
トールのようなタイプを中性的にした優男と語っていた。
男装の麗人だったのではという可能性に至ったが、
「風呂も一緒に入ってきたんだ。間違いなく父さんは男だよ」
その可能性も切り捨てられた。
そうなると残された可能性は一つだけ。
私はトールに語った。私の身の上に起きた奇跡と比べれば、世間の言う奇跡など、全てが偶然起こりうる可能性だと。
それでもこんな形の偶然が起こりうるなど、誰が想像できただろうか。
「アーレンスさんの言ったとおりですね。これは確かに目玉が飛び出る事実です」
あの英雄オスヴァル・アーレンスがまさか、
「はは、こればっかりは他人の理解なんて得られるものじゃないからな。英雄の同性愛にがっかりしたか?」
ギルベルトは目を合わせることなく、最後のケーキを空にする。
自分の身の上のことに関して平然と語る彼であっても、今回ばかりは私の顔色を伺っている。
がっかりした? とんでもない。
「いいえ。世の中の愛には色々な形があります。英雄オスヴァルトの愛は、社会が受け入れない少数的なものかもしれません。ですが誰かを傷つけるものではない限り、その愛は認められるべきものだと考えております」
最愛の親友たるトールに可能性が出てきたのだ。
がっかりどころか、これ以上の朗報があるだろうか。
「……凄いなラインフェルトは」
見開かれた目が私の瞳を捉える。
「俺に気を使ってるんじゃない。本心から言っている目だ」
貴族たる私が、まさか父の愛に理解があるとは思わなかったのだろう。
ギルベルトの反応は、世間が父の愛をどのように考えているか、それを正しい形で知っている証だ。
「俺がこの話を聞いたのは十歳の頃だ。人里離れて育ったんでな。比較できる世間を知らんかったから、あっさりと話を受け入れたが……今聞いたら、あの時と同じように受け入れるのは難しいだろうな。
なのにラインフェルトは認められるべきものだと言うんだ。驚かすつもりが逆に驚かされたよ」
「逆にアーレンスさんは、お父様方の愛をどう受け止めているのですか?」
「俺か? 俺はラインフェルトほどの主張はないよ。認められるべきものだと声高に口にするつもりはない」
アイスティーに口をつけるギルベルト。
「父さんたちには父さんたちの生き方があった。だからこそ今の俺がいる。その生き方を否定するのなら好きなだけ否定すればいい。俺はその否定を耳にしながら、そいつから距離を取るだけさ」
これが父親の生き方から学んだ、ギルベルトの生き方か。
「そいつを説得しないと死ぬわけじゃないんだ。関わるだけ時間の無駄だ」
決して相手の否定から逃げている訳ではない。
ギルベルトは自分の時間を大切にしているだけなのだ。
「ではアーレンスさんは、少数派の愛にご理解があるということなのですね」
「否定したら今ここにいる自分を否定することになる。好きになったものは仕方ないくらいには思ってるさ。それこそラインフェルトが言ったように、誰かを傷つける訳じゃないんだ。他人が目くじらを立てることじゃない」
ハッキリと、ギルベルトはトールの在り方を肯定してくれた。
今日ほどこの場にトールがいて欲しいと思ったことはない。
初恋の相手から直接このような考え方を聞くことができれば、どれほど彼の心が勇気づけられるか。
「これが以前語った珍妙な人間関係の全容。そこから何で俺が忘れ形見に至ったかに話が続くわけだ」
そうであった。話はまだ完結していない。
自分のことを忘れ形見と語っている。つまり彼の両親は今はもう……
「話は十六年前、魔王討伐後に遡る。
世間は魔王を討てたことでお祭り騒ぎだったが、父さんたちの心はそんな世間とは逆だった。マルクス、俺の実の父親が魔王討伐戦の後遺症で、長くはないと診断されたからだ」
どんな後遺症だったか、などとは聞かない。この話で大切な筋ではないからだ。
「長くないとわかったんだ。残りの時間を大切にしたいと思うのが自然の流れだろ? だが英雄となった父さんを、世間が放っておいてはくれない。注目という名の監視下にあったんだ」
「だから英雄は、王都から姿を消したのですか?」
「ああ。人里離れた山の奥地で、静かに三人で暮らしていたんだ」
英雄が王都を去った謎。
私は誰もが知りたがる謎の、数少ない真実を知る者となった。
「母親であるエミーリアが俺を身ごもっていることに気づいたのは、それからすぐの話だ。逆算すると魔王討伐前には身ごもってたらしいな」
「アーレンスさんは静かに終わるはずだった三人への、世界がもたらしたプレゼントだったのですね」
「全く同じことを父さんも言っていた。だがそれで父親の寿命が伸びた訳でもない。俺が生まれる前に予定通り亡くなったようだ」
マルクスは果たして、どのような最後を迎えたのか。
最後の最後にプレゼントがもたらされ満足して逝ったのか。それともプレゼントを開ける前に逝かねばならぬことに絶望したのか。
それは当事者たちにしかわからないことだ。
「母さんも肥立ちが悪かったらしくてな。もしかしたら父親ほどでなくても、魔王戦を引きずっていたのかもしれない。父親の後を追うように、半年も経たず逝ったらしい」
声が出ない。
英雄とまでなった人が、短い間で大事な人を二人も失ったという事実。私にとってトールとエリーを同時に失うのと同じである。
「これが俺の身の上話。英雄と呼ばれた父さんたちの全容だ。ここまで話したんだ。他に聞きたいことがあれば何でも答えるぞ」
ギルベルトは相変わらず、あっけからんとしている。
実の両親に対しての情ががないのではない。過去との折り合いを既につけているだけなのだろう。
「この話は、どれくらいの人たちが知っているのですか?」
「母さんの兄貴くらいかな。俺の魔法の師はその人だ」
エミーリアの兄だ。きっと相当の腕の持ち主に違いない。
「では学院へ入ったのは、その方の勧めで?」
「勧めというよりは、最初から父さんとそういう方向で話し合っていたらしい。学院は環境を変えるのに一番丁度いい場所だ。一度違う世界を見てきた上で、自分の将来を考えろってさ」
「アーレンスさん自身は、魔導学院へ入ることについてどう考えていらしたのですか?」
「ここだけの話、所詮は貴族の坊っちゃん嬢ちゃんが通う、エリート様養成校だと軽く見ていた。自分は才能に溢れているだなんて口にするつもりはないが、血筋と環境、経験は誰にも負けるつもりはないんだ。甘ったれ共に混じって今更学ぶものなんてない。なら探索者として経験を積んだほうが有意義だって、入学するまでは後ろ向きだったよ」
恥じ入るよう笑うギルベルト。
「だがそんな考えは入学してすぐに変わった。特進クラスの四人が四人とも、与えられた物の上にあぐらをかくような真似はしていない。ちゃんと背負った上でここにいるんだ。貴族だというだけで全てを一括りにしていた自分が恥ずかしいよ」
「恥じ入る必要などありません。アーレンスさんが抱いていた貴族の在り方は、貴方がそれまで出会ってきた貴族たちの在り方。それは貴方にそのようなイメージを根付かせてしまった貴族社会の責任です」
後、ツンデレたちの責任でもある。
「魔導学院の一般学院生にも、少数とは言えないほどにそのような者たちがおります。だからトールたちを通じて、貴族とはそんな者たちばかりではないと知って頂けただけでも、私はとても嬉しいです」
テレーシアの場合は与えられた物を当たり前のように享受している代表だが、背負うべきものはしっかり背負っている。性格が悪いのはこの場合分けて考えよう。
「ラインフェルトは優しいな。むしろこの場合、貴族として誇り高いと言えばいいのかな」
「どうでしょうか。生まれに誇りを持っていても、自身を誇り高いと思ったことなどありません。ただラインフェルトの名が傷つかないよう、私なりに正しくあろうとしているだけです」
貴族として新たな生を受けたからこそ、貴族らしく振る舞うのではない。お父様の娘として、お兄様の妹であり弟の姉であるからこそ、彼らの名に恥じないよう正しくあろうと振る舞っているのだ。
「謙虚だな。そういう在り方こそ、本当の意味で誇り高いと言うんだろうに。他に何か聞きたいことはあるか?」
英雄オスヴァルトの話や、彼の心の内で聞きたいことはこのくらいだろう。
「他に……そうですね。話は変わるのですが、これは貴方の家庭というよりも、探索者としてのご意見を伺いたいことはあります」
だからこの先に聞きたいことは、彼自身の意見である。
「なんだ?」
「昨日の件について、どう思われますか?」
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