25 嫌われてきた理由
街での長距離移動の基本は馬車である。
街を巡回しているバスのようなものや、タクシーのように呼び止め目的地を指定できるもの。もしくはレンタカーのように馬車を借りれたりもする。自家用車のごとく個人で所有することはできるが、庶民には縁遠い話だ。
今回使ったのは、バスの役目を果たしている乗り合いの馬車だ。魔導学院生ならその運賃は免除されており気軽に使いやすい。使いやすいが、貴族がそう使うものでもまたない。
期せずしてすぐ乗り込めたこともあり、目的地へ三十分ほどで辿り着けた。
そこは王都でも有数の喫茶店である。
果物系スイーツを売りにしており、連日女性客で大繁盛。仲睦まじい男女こそいるが、男のみの客などまずいない。
こここそは、かつてハーニッシュ先生が語った夢の世界。結界を破れず手をこまねいている、かのお店である。
「ほら、こういう店ってさ、一人じゃ入りづらいだろ? ――あ、とりあえずここからここまで全部お願いします」
ハーニッシュ先生の夢が今、彼があっさり叶えてしまっている。
テーブルには、両手では数え切れないほどの多種多様のスイーツ。決してこれは二人で食べる量ではない。なのに私は紅茶以外に口を付けるつもりはないのだ
最初の注文で、『本当に紅茶だけでいいのか?』と気遣って以降、テーブルの品を勧めてこない辺り、本当にこの店に入りたかっただけなのがよくわかる。
「しっかし、男が甘い物を求めるのは珍しいものか?」
一口で食べるなんて無作法はしないが、本当に味わっているか怪しいフォーク捌き。
「じろじろじろじろと見られているぞ」
公休ということも相まって、早い時間にも関わらず店内は賑わっている。
ギルベルトが異分子だとばかりの女性比率。ほぼその比率に近いまま、視線は私たちが独占してしまっている。
「二人だけの席にこれだけのお皿が乗っていれば、二度見くらいしても仕方ないですよ」
「二度見っていうのは、もっと反射的にするものじゃないのか? これはもう見るではなく監視に近い」
言葉とは裏腹に、何ともなさげなギルベルト。
「なら、貴方に注目しているのでしょう? 何せ貴方は英雄の息子にして、魔導学院の主席ですから。
「嘘だろ? 大手を振って歩いている訳でもないのに、どうやったら顔なんて広まるんだよ」
「それほどまでに注目されているということです。ええ、それこそ貴方の一挙手一投足に、皆が関心を抱くほどに」
「うっわ、面倒なことになってるな」
心の底から漏れ出した言葉なのだろう。ケーキに苦虫が混ざってたかのような顔だ。
「それにアーレンスさんは、女性を惹き付けるお顔立ちをしていますもの。学院の門前では、未だに貴方の顔を見に来ている女性が多いでしょう?」
「看板が面白いんで見に来ているだけだろ」
「こういうことには鈍感なのですね。彼女たちは女の子としての好意を寄せているのですよ」
「女の子の好意、ね。縁がなかったものをいきなり寄せられても戸惑うだけだよ」
「あら、親しい女の子の一人くらいいなかったのですか?」
「十歳まで人里離れた山の中。それ以降は探索者として国中回って、根なんて下ろしてこなかったもんでな。親しくなる前におさらばが基本だよ」
まるで転勤族の子供のようだ。
「親があれだ。貴族の子と接する機会は多かったが……父さんの栄光はどうあれ、結局は平民であり探索者だ。彼女たちからは下に見られバカにされてばっかりだったよ」
「そういえば貴族の女の子からは嫌われてばかりだと仰っていましたね」
英雄の息子であるギルベルト。平民だなんて言うが、そこらの貴族よりよっぽど肩書きは上だ。ラインフェルト家と英雄の縁、迷わず誰もが英雄との縁を繋ぎたがるだろう。
実際、貴族の中の貴族。公爵令嬢のテレーシアはギルベルトに夢中だ。
「貴方は英雄の息子。それを粗末に扱うなんて考えられません。もし嫌われる原因があるとすれば彼女たちではなく、必ず貴方個人にあるはずですよ、アーレンスさん」
一体何をやらかせばそこまでこの少年を嫌えるのか。ギルベルトを恋敵として見ている私でも、彼のことは嫌えない。
「彼女たちにしてしまった粗相に、何か覚えはないのですか?」
「これでも反省をする生き物だ。未熟なりにマナーや礼儀に気をつけてきたし、向こうの価値観に合わせる努力もした。彼女たちが知らないだろう体験を、面白がらせながら語ったりもしたよ」
どうやら行き当たりばったりではなく、まともに努力はしてきたようだ。
「何だったら、危険な目からも助けたこともあるくらいだ。だが返ってくるのはお礼じゃなくて罵倒や嫌がらせの言葉だけ。父さんたちに相談しても笑われるだけで役に立たん。もう何がいけないのかわからん、お手上げだ」
「助けられてそれは酷い……。同じ貴族の女ではありますが、アーレンスさんをそこまで嫌う理由が思い至りません」
彼の努力の方向性は間違えていない。トールとテレーシアを不快にさせず、楽しませたりしていつも会話は弾んでいる。現に私もその一人だ。
「テレーシアにも相談はしたんだがな。俺に不快な所が見つかれば教えて欲しいって」
「テレーシアさんは何て?」
「社交の場であれば目に余る部分は多いが、こうして接する分には不快なところはないってさ。むしろそんな彼女たちに憤りを感じてくれているくらいだよ」
テレーシアは媚びているので、彼女の言葉を全て鵜呑みにする訳にはいかない。ただし社交の場を持ち出して比べるあたり、テレーシアの言葉は的確だ。
「冷たい態度だけならまだいいが、罵声は堪えるね。俺も人間だ。あれだけやっても嫌がらせの言葉しか出てこないなんて傷つくよ。心が折れなかったのを褒めてほしいくらいだ」
「ちなみにどのような嫌がらせの言葉を受けていたのですか? 助けられておいて礼もなしだなんて、相当ですよ」
「『別に助けてなんて頼んでないわ』」
「え……」
今、ギルベルトの口からなんて言葉が出た?
聞き返そうと思ったが、そんなことしなくてもギルベルトは続きを吐く。
「誘拐から助けてやったときなんて、こう返ってきたんだぜ、信じられるか?」
私の顔は今、強張っているだろう。
「可愛いと褒めれば『急に何言ってるの、ばっかじゃない』とか『仕方ないからあんたの相手をしてやってるだけよ』とか言われたり、酷いのなんのって」
「そ、そうなんですか……ほ、他にはなんて?」
「あー、そうだな。頼んでもないのに勝手に付いてきて置いて、『あんたみたいな男に付き合ってあげる物好き、私くらいなものよ。感謝なさい』や、嫌いなら無理に相手してくれなくていいと伝えれば『別に好きか嫌いかで言えば嫌いじゃないわ』と言った次の日に『こんな奴、別に好きじゃないわよ。嫌いよ嫌い!』と皆の前で叫ぶんだもんな。どっちだよホント」
あぁ……そういうことか。
ギルベルトは今日まで貴族の女の子に嫌われ続けてきたと言っていたが、そんなことはない。むしろその逆。彼はきっと、どこへ行っても好意を寄せられてきた。
ツンデレだ。
この世界には浸透していない概念である。ギルベルトは言葉の意味を言葉のとおりに受け取って今日まで生きてきた。
大人たちが笑うのも当然である。思春期特有の微笑ましさにはつい笑うしかない。
「最近だったら、入学試験を受けるため王都へ来る前だな。道中に無視していくのも悪いんで義理で顔を出したが、『あら残念、死んでいたかと思っていたわ』だもんな。こっちも軽口で酷いななんて返したら、『バカ、顔を頻繁に見せない方が悪いのよ』だぜ。終いには、『目障りとはいえ来てしまったものは仕方ないわ。明日の誕生パーティーに出席させて上げる。嫌で嫌でしょうがないけど、これも義理というやつよ』だ」
「ちなみにそのパーティーには……?」
「親の義理とはいえ、嫌いな奴を誕生パーティーに呼ばなきゃいけないのも可哀想だろ。そこら辺は察して翌朝には出発したよ。向こうも目障りな奴が消えて清々しただろうさ」
いや、絶対枕を涙で濡らしている。これでもかというくらいに泣いてる。
自らの好意に気づかれなかったツンデレたち。
物語としては面白い属性であっても、現実でのツンデレのツンは害悪でしかない。
ギルベルトがなぜ貴族の女の子に嫌われてきたのか。
「そ、それは大変でしたね……」
その答えに辿り着いてしまった私だが、このまま封印しておこう。
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