24 昨日の今日

 聖騎士団の修練所。


 詰所の真後ろにあるそこは、文字通り聖騎士たちが修練する場所である。


 修練所なんて名を冠していても、特別な器具が揃っている訳ではない。一周二百メートルトラックが入る程度の開けた場所にすぎない。


 騎士団の修練所はそれこそ、日夜訓練が繰り広げられており、怒声が鳴り止む日などないほどだ。


 一方、自主性に委ねられすぎている聖騎士団は、それこそ誰も使わない日なんてザラにある。勿体ない空間なのだ。


 そんな修練所では今、二人の男が争っている。


 一人は聖騎士団の団長、オスカー・リーフマン。逆だった茶髪と顎髭が似合う、庶民から成り上がった王国最強の騎士。


 その相手を務めているのはギルベルトであった。


 務めていると言っても、戦況は一方的に押されている。


 自らの身長とそう変わらない、百九十センチはあろう長剣を振るうリーフマン団長。とてもじゃないが小回りが利く剣とは思えないのに、ギルベルトは懐に入れず。


 次の瞬間にはギルベルトの剣は宙を舞っており、その喉元に長剣が突きつけられていた。


「やぁー、完敗完敗! 付け入る隙がありゃしない」


 勝敗は決した。


 ギルベルトはその場に座り込みながら、空を仰いでいる。


「何言っている。十五歳の小僧に付け入る隙を見つけられたら、こっちの方が溜まったもんじゃない。その歳でここまでやれれば十分以上だ」


 手を差し伸べるリーフマン団長。


「どうだ、学院を卒業後、聖騎士団うちに来ないか? その剣の才があれば、引っ張ってやるのに誰も文句は言わんぞ」


「冗談。俺の本職は魔導師。剣の才能なんてありゃしませんよ」


「これほどやれて剣の才を否定するとは。騎士団の連中が聞いていたら、嫌味にしか聞こえんぞ?」


「苦情ならどうぞ国の英雄へ。剣の才能を真っ先に否定したのは、うちの父親なんでね」


 差し伸ばされた手を掴み立ち上がるギルベルト。


「ん……? お、ラインフェルトじゃないか」


「御機嫌よう、アーレンスさん。それと今日もお邪魔させて頂いております、リーフマン団長」


 優雅に礼をしながら、私に気づいた二人に近寄る。


「おお、クリスか。話は聞いているが、大丈夫なのか?」


「ええ、特に痛みもなく後に引いておりません。流石ハーニッシュ先生の治癒魔法と言った所ですね」


「そういった意味ではないのだがな」


 自らの気遣いの意味も間違えられ、苦笑いのリーフマン団長。


 わかっている。彼が言っているのは身体面のことではない。あんな目にあった後の、精神面に関して指している。


「それで、今日は一体どうしたんだ?」


「聞いてくださいよ団長。クリスったら、遺跡に行きたいとか言ってるんですよ」


 私の代わりにマルティナが答える。


「昨日の今日だぞ?」 


「昨日の今日ですよ」


 嘘だろ、と言わんばかりにリーフマン団長は目を見開いている。


「体調は万全です。何か不都合などあるでしょうか?」


「ラインフェルトはタフだなー」


 そんなリーフマン団長とは対照に、ギルベルトはあっけからんとしている。


「クリス。実力は買っているが、おまえはまだ民間人であり子供だ。聖騎士団の方針としては、事態の究明が終わるまで遺跡への帯同を許すことはできん」


「やっぱりそうなってしまいますか」


 こうなるだろうとわかっていたが、いざ言われると肩を落とすしかない。


「あれ、やけにあっさり受け入れるのね」


「事態が事態です。ここで我を通そうとするのは、ただの我儘ですから。勿論、一人で行くような真似も致しません」


 マルティナへそう答えると、リーフマン団長は安心したように頷いている。


「ポータルのトラブルに二階層で現れた大型の魔物。この二つの異常が重なったことを偶然と捉えるバカはまずいない。聖賢団とも連携を取り、今日はあの遺跡の調査にほとんどが出払っている」


 聖賢団とは魔導師団の上にある組織。騎士団と聖騎士団のような関係だ。


 珍しく聖騎士たちと聖賢者たちは、一斉に集められ調査に送り出されたようである。


 公休とはいえ、道理で詰所にマルティナとリーフマン団長しかいないはずだ。


「オレがここに残っているのは、ま、念の為だな」


「なんらかの意思が、あの遺跡には働いたと?」


「もしそうだとしたら、王都の戦力を割くのが目的かもしれんからな。何かあってからでは遅い」


 あんな事態が起きれば、騎士団の調査だけで収まるものではない。リーフマン団長が口にしたように、聖騎士団と聖賢団がこぞって動き出す。


 その隙を突いてからよからぬ企みをしようとしている者を危惧しているようだ。


「ポータルと魔物に干渉できる何者か……」


 ポータルは長い年月をかけた今となっても、起きる現象に対しての理屈付けしかできていない。解析など夢のまた夢。ポータルは現代に残り続けているオーバーテクノロジーなのだ。


 魔物もまたそうだ。魔神のようにあれを操ることなど、今の人間にできることではない。


 その二つに干渉できる者は、十六年前に滅びたはずなのだ。


「魔王、か」


 ギルベルトがその名を口にした。


 かつて父親が討ち取った、世界の敵。


「先に転移したはずのラインフェルトたちがいなくなった時、真っ先に浮かんだのはまさにそれだったよ」


 困ったような顔を向けるギルベルト。


 昨日、彼が駆けつけてくれたお蔭で事なきを得た私たち。


 私たちを背にギルベルトは、あの強大な魔物に立ちはだかった。一歩も引くことなく敵に相対し、臆することなきその姿はまさに英雄そのもの。最後まで手傷を負うことなく、ハーニッシュ先生たちが駆けつける頃には倒しきってしまった。


 テレーシアと良い感じになってる所に颯爽と現れ、良いところを全て持っていってしまったのだ。だがあの時ばかりは口が裂けても、彼のことを邪魔だとは言えなかった。


 私たちがあそこに飛ばされてから、そんなに時間は経っていない。


「ポータルの動作は絶対。その絶対から外れたということは、それだけで常識がひっくり返る異常事態だ」


 なのにギルベルトは、瞬く間に私たちを見つけ出してくれた。


「それですぐに引き返して探しに来てくれたのですね。しかしよく、二階層のあの場所にいるとわかりましたね」


「ド派手な音を響かせてくれたおかげだよ。二階を探したのは、探索者としての直感かな」


 直感だけで動き始めて、後は考えなしだったらしい。


「独断専行についてはハーニッシュ先生にしこたま絞られたがな」


 ギルベルトはハーニッシュ先生の指示を仰がず行動した。地上への伝令役をトールに任せて、一人突っ走ったのだ。


「ただほら、ハーニッシュ先生だって言ってただろ? 事後に騒がした方が労力は少ないぞ、って。結果オーライだ。二人が無事だったんだからそれでいい」


 嫌味なく白い歯を見せて笑うギルベルト。


 我が親友が一目惚れした男なだけある。もし私の心が乙女のそれと同じならば、きっとこのまま恋に落ちていたかもしれない。


「今日ここに来たのも、あの後何かわかったことでもないかと思ってな。昨日の今日で大したわかることなんてないだろうが、情報収集は探索者のサガだ」


 ギルベルトがここにいる経緯は大体わかった。


「なるほど。そのついでに、リーフマン団長に稽古を付けて貰っていたのですね」


「俺はそこまで真面目じゃない。首根っこ掴まれて、無理やり絞られていただけだ。結果は見ての通り」


 私に降参しても仕方ないだろうに、両手を上げるギルベルト。


「ギルベルトがここへ顔を出すようになってから、一度も手合わせをしたことがなかったのを思い出してな。オスヴァルトの奴が、どの程度仕込んでいるのか興味があったんだ」


「そういえばリーフマン団長は、あの英雄と同期でしたね」


 すっかり忘れていた。


 オスヴァルト・アーレンスと同期であったリーフマン団長。もし英雄が聖騎士団を辞めず残っていたら、自分の席は一つ下となっていただろうと語っていた。


「リーフマン団長から見て、アーレンスさんの実力はどうなのですか?」


「オスヴァルトの奴が仕込んだだけある。本業が魔導師とは思えんほどに筋がいい。是非うちに欲しいくらいだ」


「筋が良いのと才能があるのは違いますって。あんな父親の背中を見て育ったなら、同じ道で超えようだなんて思いませんよ」


 いつも通り弱気でもなんでもなく、ギルベルトの口から出るのはあるがままの事実。


「そうですリーフマン団長。やはりあの英雄と、アーレンスさんはそっくりなのですか?」


「顔のことか? いや、全然似ていないな」


 軽く話題を振ったつもりなのだが、まさかの否定に驚いた。


「父さんはあれだ、トールのようなタイプを中性的にした優男だよ」


 ギルベルトをそのまま大人にしたイメージをずっと抱いてきたのだ。今日まで抱いてきた英雄のイメージが瞬時に壊れた。


「英雄だなんて持ち上げられてるが、会ってみれば案外普通……って訳でもないが、皆がイメージする英雄像とは遠い人だ。あんまり過度な期待はしない方が良い」


 英雄の息子はばっさり言いきった。


 確かに私たちは無責任な英雄像を作り続けてきたかもしれない。


 英雄は、最初から英雄であった訳ではないのだ。


 皆と同じように生まれ、育ち、その先で魔王を倒す偉業を成しただけである。


「それじゃ、そろそろ俺はお暇します」


「何だ、もう帰るのか? 茶の一杯くらいは出してやるぞ」


「飲んだ後にまた絞られる流れになってもたまらないんでね。その内また、情報収集がてらに顔を出しますよ」


 ひらひらと手を振って去ろうとするギルベルト。


「あ、そうだ。ラインフェルトはこの後どうするんだ?」


「私、ですか?」


 忘れ物を思い出したかのように彼は振り返った。


「遺跡を探索するつもりがアテが外れたんだろ? 思いがけず時間でも空いたんじゃないのか?」


「あら、もしかしたら私は今、お誘いを受けているのでしょうか?」


 マルティナから軽薄な口笛が上がる。


「四人で飯を食べる機会はあっても、俺たち二人きりだなんて今までなかっただろう? 折角の機会だ。喉も乾いたし、よければこの後付き合わないか?」


 ギルベルトからのお誘い。


 あまりにもあっさりとしているその様には色気がない。


 そういうことならいいだろう。


 彼を詳しく知る、良い機会だ。


「そういうことでしたら、喜んでお付き合いします」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る