19 ポータル転移
どうやら私の魔物の倒し方はショッキングなものであるらしい。
確かに初見のカールも、聖騎士に関わらずあのように驚いていた。一般人であるトールたちには刺激が強すぎたようだ。
その劇薬が効いたようで、遺跡の探索を始めた後の慣れが早かった。
私が作り出した惨状と比べ、魔物へ抱く驚異のハードルが大きく下がったようだ。すっかり肝が座ったとばかりに、新たな魔物に出くわしても顔色一つ変えなくなった。
一時間もすれば、
「トールヴァルトさん! 今度はお任せします!」
「任せてくれ!」
トールとテレーシアが交代制で、魔物討伐に励んでいた。
今まで殺傷する目的で使ってこなかった魔法。天才たちは今、それを魔物に向けながらあらゆる手段を試していた。
私とギルベルトがいるという安心感もあるだろうが、二人は僅かな時間で遺跡に適応した。
ただ下に降りるのではなく採取も忘れない。
ギルベルトというベテラン探索者。探索者ならではの視点は、遺跡に慣れている私ですら感心を寄せるものだ。
怖い怖いとひたすら脅された遺跡探索。
初めて遺跡の階段を降った時は、緊張に包まれていた初心者二人。目的地である三階層への階段に降りる頃には、そんな過去を忘れてしまったのか、和気あいあいと雑談に興じられるほどになっていた。
地下三階。最初の部屋とさほど変わらない。
入り口右手にポータルがあり、魔物もいる様子はない。
「さぁ、今日はここで終わりだ」
地上にいるハーニッシュ先生の真似事なのか、二度手を打つギルベルト。
「あら、もう終わりですの?」
「意外とあっさりとしたもんだね」
不満という訳ではないが、拍子抜けだとばかりの二人。
「そうでもないさ。今日の主役はトールとテレーシアだ。ズブの素人を全面に出して、ここまでスムーズに行くとは思わなかったよ」
「私もここまで出番がないとは思いませんでした。ハーニッシュ先生が言うには例年、終わりの今頃は皆くたびれているようですよ。ですがそんな様子がまるでありませんね。流石は世代が違えば主席であってもおかしくないお二人です」
「クリスたちがいてくれたから、こんなに上手くいっただけだよ。二人がいなければ、もっとあたふたしていたはずだ」
「ええ。ギルベルトさんのようなベテランの方がいてくれたからこそ、わたくしたちも安心して臨めました」
トールの謙遜は従来のものであるとして、テレーシアの場合はギルベルトへの媚だろう。
「クリスとギルの安定感は流石だね。むしろ退屈させてしまったかな」
「いや、そうでもないさ。同年代と遺跡に入るなんて経験は今までになかったんでね。これはこれで楽しかった」
「私も同じよ。普段はマルティナさんたちの胸を借りさせて貰っている立場だもの。今回のような場はとても新鮮だったわ」
ギルベルトは本音として語っているだろうが、私の内心はアテが外れてガックリきている。
何度も繰り返すが、私は実習に来ているのではない。テレーシアをオトすために今ここにいるのだ。
なのに遺跡に関して、ギルベルトがベテランの探索者であることが発覚した。終始テレーシアは、精神的にギルベルトに頼りきりだった。これでは吊り橋効果なんて狙えるわけがない。
第二次吊り橋効果計画はかくして頓挫した。
目論見がすっかり外れて、意気消沈だ。
ポン、と肩に手が置かれたので振り返る。
トールだった。
私の消沈を見抜いたのだろう。口では何も言わないが、その目からは残念だったねと聞こえてくる。
こういう時の親友の気遣いこそ嬉しいものだ。
がっくり落としていた肩を何とか持ち直し、意識を切り替える。
今日はアテが外れて上手くいかなかったかもしれないが、明日からまた頑張ろう。私は努力だけは怠らない。こんな所であっさり歩みを止めたりしないのだ。
必ずテレーシアとの愛欲と快楽の日々を掴んで見せる。
「しっかし、今回のこの遺跡、変だったな」
「変、ですって?」
独り言のようなギルベルトの呟きにテレーシアは反応した。
「やはりベテランの探索者ですね。気づいてましたか」
「探索者にとって、事前情報は何よりも大事。命綱だ。こういう所を疎かにする探索者は長くない」
ギルベルトの感じた異変には、私も早々に気づいていた。
一方、トールとテレーシアの頭の上には、はてなマークが浮かんでいる。
「一体何が変だったのですか」
「スケルトン種が一体も出なかったことです」
「ああ、確かに」
テレーシアからの問いかけにトールは納得する。トールすらも言われて初めて気づいたようだ。
「ああ。聞いていた話じゃ出現率は半々のはずだ。こんな偏りの仕方をするのはありえない」
遺跡の魔物の出現率や傾向については、長い年月をかけた統計データが取られている。しかしデータはデータ。いざ挑んでみると、偏りが起きていてもおかしくはない。
だが今回の偏り方は異常である。
ここは魔導学院の授業の一環で使われる場所なのだ。安定感と安心感があってこそ、今日まで便利に使われてきた。
「帰ったら報告だ。多分、深い所まで潜った調査がされるだろうな」
「聖騎士団の案件ですね。マルティナさんの苦い顔が今から浮かびます」
黙って報告を聞いた後、泊まり込みになる案件は勘弁してほしいよ、と言うのだろう。
「帰るだけの俺らと違って、大人はこれから大変そうだ」
いつの間にかポータル前を陣取っているギルベルト。
「レディファースト、って言うんだろう? 礼儀がなってない粗忽者でも、そのくらいの言葉は知っている。お先にどうぞ」
手のひらでポータルを示すと、テレーシアがその水晶に触れた。
「難しいことは考えなくていい。ただ触れて魔力を込めるだけ。次の瞬間には一階へと飛んでいる。その一瞬の平衡感覚の欠如で酔ったりする奴もいるが、そうなったら大人しく諦めてくれ。介助はしっかりしてやるさ」
「わかりました。それではお先に失礼させて頂きますわ。また後ほどお会いしまよう」
初めてのポータル転移。
むしろギルベルトの介助を望みそうなテレーシアの行動に迷いはない。
次の瞬間には転移しており、テレーシアは三階層からその姿を消していた。
「さ、続いてどうぞお嬢様」
「ではお構いなく、お先に失礼させて頂きます」
真っ先に扉を開いてくれる紳士の真似事だろうか。トールとは違い、その挙措と声色はわざとらしい。
すっかりと慣れたポータル転移。
今更その使い方に迷いはない。
手を置いて魔力を込める。
テレーシアのように次の瞬間、この地下三階層から姿を消している。
辿り着く先は、始まりの部屋、地下一階層。
開放感すら覚える広さの……はずだったが、景色がまるで違う。
先程まで目にしていた平滑さとは対極的な、角張った岩石の壁と、凹凸に富んだ足場。
視線の先にある壁までの距離だけで五十メートル。天井は開放感に溢れすぎ、石柱が氷柱のように生えている。
まるで鍾乳洞。
周囲一体の発光から、遺跡であることは間違いないはずだが。
何が起きたのか。
初めての出来事に動揺を隠せない。
じゃり、という地面を踏みしめる音。
振り返ると先に転移していたテレーシアの背中がある。
ここへ転移したのは自分だけではなかったという安堵に胸を撫で下ろす。
「テレーシアさん。良かった……私一人ではなかったのですね」
彼女の名を呼びかける。
「テレーシアさん?」
応答がない。
わかるのは彼女の肩が震えていること。そして真っ直ぐと、ただ一方だけを見据えているということだ。
釣られるようにして私もその方向へと目を向ける。
魔物がいる。
肉片一つない、骨だけで構成されたその姿。骨格は人間とは別な、二足方向の魔物の物だろうか。その手には剣のように脊椎が握られていた。まるで誰かの首からそのまま引き抜いたかのようだ。
スケルトン種。
二階層まで隅々まで見回ってなお、ついに拝むことはなかったそれが今目の前にいる。
目に入ったそれを概算するとおよそ三十ほどか。
謎の転移も相まってこの異常な状況。
しかしあの程度なら大したことはない。片付けに二分もいらないだろう。
「なに、あれは……」
だから私が目を見開き、強張らせた音を漏らしたのは、それ以上の存在がこの目に入ったからだ。
スケルトンをそのまま四倍大きくしたようなその体躯。
その体躯に見合った脊椎が握られている。
胸骨の向こう側にあるそれは、かの者の魂か。青い炎が胸の中でゆらゆらと揺らめいている
そしてもう一つ、重大な事実に気づいてしまった。
同じポータルを使っているはずのトールたちが、いつまで経っても飛んでこないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます