20 窮地の中で
あれはただのスケルトンではない。ゴーストと混ざり合ったものか?
ゴースト種を相手にするのなら、王道的な炎や雷の魔法で応戦するのが定石だ。なぜなら実体なき奴らには物理攻撃の効果はない。魔力を込めた剣や拳を振るえばダメージは入るが軽微なものだ。空気中に漂う煙のように霧散し、その形を取り戻すのが鬱陶しくある。
何度か相手をしてきた経験はあるが、手応えがなさすぎる。どれだけのダメージを与えられているのかがわからない。
そんなゴーストがスケルトンと合体し、新たな魔物として誕生したかのようだ。それも想像を絶するサイズで存在している。
私ではまず、対処不可能だ。
あの混ざりものを、シンプルにスケルトンゴーストと呼ぼうか。
かの者の尖兵たちが今、私たちに向かって我先と動き出した。雪崩打つようなその様は、まるで手柄首を狙う競争だ。
すかさずテレーシアの前に躍り出る。
「テレーシアさん、私が抑えますので援護をお願いします!」
まずは目の前の尖兵たちを片付ける。親玉はその後だ。
「テレーシアさん……?」
これで三度目。テレーシアからの応答がない。
振り返ると相変わらず一点を見続けながら、おこりのようにその身を震わせている。
私を見えていないし、声が届いている様子もない。
私と彼女の間にある、経験という大きな差をようやく思い出す。
今日の遺跡探索で出現した魔物はオーガだけ。常に私とベテランの探索者であるギルベルトが脇を固めていた。
そんな安全を約束されていたからこそ、彼女は憂いなく遺跡に臨んでいたのだ。
だがここで今、その安全は取り除かれてしまった。
テレーシアがいくら才覚に恵まれていようと、危険から遠ざけられながら育った少女である。
私ですら冷静さを欠くこの驚異。それを前にして、たかだか十五歳の少女が平常心でいられるわけがなかった。
尖兵達は眼前まで迫ってきている。
無理だ。この尖兵くらいなら私一人でどうにかできるが、テレーシアはその限りではない。
「失礼しますわテレーシアさん!」
すかさず身を翻し、テレーシアを抱きかかえる。いわゆるお姫様だっこという形でだ。
テレーシアの豊満な女の匂いと、身体全体に伝わるその感触と温かみ。
心ゆくまで堪能したい所であったが、今はそんな場合ではない。
「テレーシアさん! テレーシアさん! しっかりしてくださいテレーシアさん!」
尖兵たちから逃げ回りながら、何度もテレーシアを呼びかける。
返事もなければ、その目すら動かない。
一度衝撃を与えて現実に帰ってきてもらうしかなさそうだ。
よくある手段としてビンタか。
しかしこの驚異下であっても、その美しい顔を痛めつける行為は気が咎める。それ以外の手段を考えること数秒、すぐにこの名案を行動へと移す。
「テレーシアさん……ふっ」
テレーシアを抱えたまま、艶かしく美しいその首元に人差し指を這わせる。
そして耳元に甘く優しい、エリーとの楽しみに用いる吐息を吹きかけた。
「ぁん――ったいですわ!」
経験により裏付けされたテクニック。ゾクリとされる小さな快感を与えることにより、一発で戻ってきた。
が、跳ねるようにして目覚めたことにより、頭同士が激突しテレーシアに大きなダメージを与えてしまった。しかも得意な肉体強化や保護がかかった私の頭だ。なおさらそのダメージは大きいだろう
「お目覚めになられて何よりです、テレーシアさん」
「ミス・ラインフェルト……な、なぜ貴女に抱きかかえられているのですか!?」
「後ろを見て頂ければおわかりになります」
「後ろ……ひっ、何ですのこの状況は!」
どうやらポータルで飛んできてからの記憶が全て抜け落ちているようだ。
「私にもわかりません。わかるのはここにいるのは私たち二人だけ。いわゆる窮地、というものに立たされています」
「呑気に言っている場合ですか、ミス・ラインフェルト! 早く逃げますわよ!」
調子こそ戻っているが、頭の回転速度は未だ戻らず。周りがまるで見えていない。
「残念ですが逃げ道が見当たりませんの」
周囲一体行き止まり。まさに籠の中の鳥といった感じか。
「まだ見ていない所があるとしたら……」
「あの化物の後ろ……」
震えがこの腕に伝わってくる。
かの親玉は動かない。籠の出入り口があるかもしれないその後ろを、まるで守るかのように立ち塞がっている。
「どう……なるのですか、わたくしたちは……」
高慢にして傲慢にして驕慢なテレーシア。
高潔さと高尚さによって裏付けされた誇りがあるからこそ、自分より下である者を平然と見下す。そして自分より下だと決めつけた者の前では弱音など吐かないのだ。
少女特有のひ弱さと脆さ。
命を脅かされている現実に、見せてはならない一面を私の前で晒してしまった。
そんな初めて見るテレーシアの一面。
あまりにも愛らしく、愛しく、そして庇護欲が掻き立てられた。
追い込まれているのは私も同じ。
「そんなの決まりきっているわ、テレーシアさん」
だが想い人の前で弱気など見せようものなら、男でもなく、女でもなく、
「当然のようにこの状況を切り抜けて生き残るだけよ」
クリスティーナが廃るというものだ。
「貴女は……あんなのをどうにかできると、本気で思っているのですか……?」
宝石のような美しい瞳だ。今はそれが大きく見開かれ、私だけを映している。
浮かんでいる感情の色は、疑惑でもなければ訝しんでいるものでもない。
私に希望を見出し、恐る恐る赤子のように手を伸ばしているのだ。
「残念ながら、私とあれの相性は最悪。どうにかできる相手ではありません」
「あれだけの大口を叩いておきながら、無理とはどういうことですか!」
今まさに握ろうとしていた希望が、あっさりと砕けてテレーシアは怒り心頭だ。
こればかりは仕方ない。私はできないことを見栄でできるとは言わない性分である。
「ですが私には無理でも、どうにかできる人がいるではないですか」
だからここを切り抜け、生き残ると告げた言葉は、決して気休めでも嘘でもなかった。
「王家の血を引く、レデリック魔導学院特進クラス第三席。神より愛を注がれた公爵令嬢がここにはいます」
トールたちはいつまで経ってもやってこない。これが私一人であったのなら、親玉相手に私はどうしていただろうか。
だがここにはテレーシアがいる。
世代が違えば間違いなく主席に収まっていただろうその才覚。その力を思う存分に振るって貰えるのなら、これほど頼もしい存在はない。
贔屓目抜きにして、彼女の力は疑いようのないものなのだ。
「そしてそんな公爵令嬢が、中等部のトップランカーなどと認めてくれている私がここにはいますもの。ならばこの程度の事態、切り抜けられぬ道理などあるはずありません」
「ミス・ラインフェルト……」
「貴女の経験不足は私が補います。だから存分に、憂いなくその力を振るってください。貴女ならば必ずや、あの魔物を討ち取れます」
繰り返すが、テレーシアは高慢にして傲慢にして驕慢である。
それらは全て、彼女の持つ高潔さと高尚さに裏付けられているからこそ、当然のように誇り、持たざる者を下に見るのだ。
「……当然ですわ」
ならば下に見ているはずの私にここまで言われておいて、顔を俯かせたままの彼女ではない。
「私はテレーシア・フォン・グランヴィスト。王家の血を引く気高い公爵令嬢にして、レデリック魔導学院特進クラスの第三席」
テレーシアの右腕が、身体を安定させるため私の肩に回された。
短い鬼ごっこもこれにて幕だ。
彼女がやろうとしていることに応えるため、尖兵たちに追われていたこの背を翻す。
テレーシアの立てられた左の二本指が、尖兵たちに向けられる。
「この程度の事態、切り抜けることなど造作もありませんわ!」
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