18 罵倒と石の数
英雄のその後。
始めこそトールもテレーシアも遺跡に飲まれていたが、先程までの肩肘を忘れてしまいギルベルトの語りに聞き入っている。
私も大いに興味をそそられる話題であるが、地下へと続く階段に終わりが見えた。
遺跡の地下一階へと、ついに足を踏み入れたのだ。
前に潜った遺跡と同じような発光が広がっており、地下とは思えない開放感を覚える広さ。初めて遺跡へ足を踏み入れた時と変わらぬ姿がそこにはあった。
魔物の気配はない。出会い頭に早速ということはなさそうである。
「ギルベルトさん、もしかして……これがポータルですか?」
「ああ、これこそが全ての階層へと繋がる出入り口だ」
部屋に入ってすぐ右手。恐る恐る近寄りながら、ポータルをマジマジと眺めるテレーシア。
直径五十センチ、高さにして一メートルほどの円柱。その上には水晶のように丸く、青白く輝くそれが鎮座されていた。
「各階層へと降りた最初の部屋に、必ずこれが置いてある。後で嫌でも体験することになるが、魔力を込めて触れるとこの部屋に飛ばされる。逆にこの一階のポータルは、最後に訪れた階層へと飛ぶことができる」
遺跡を語るに置いての基礎知識だ。
「学者様が言うには、このポータルは使用者の魔力を記録しているだとか。その記録も精々一日程度だから、時間が過ぎちまえばこの地下一階からやり直し。これが一週間、いや、せめて三日でも記録が持ってくれれば、探索者の在り方もガラっと変わってくれるんだけれどな」
惜しそうにしているその様は、探索者としての経験談か。
私はポータルに対してそのような意識は薄い。日帰りが基本である私にとって、ポータルはあくまで帰還手段だ。
聖騎士のほとんども、そんな感想であろう。彼らにとって遺跡探索とは、地上に魔物が溢れてこないようにするための職務である。階層の上澄みにいる魔物の討伐や見回りくらいしかしないのだ。
「とまぁ、ここまで説明したは良いが、二人にとっては既知の知識だったな。偉そうに講釈を垂れてしまって、恥ずかしい限りだ」
「そんなことはありませんわ! 私たちはあくまで知識として知っているだけ。実物を前にして経験者から語られる言葉というものは、得難いものだとわたしくは思いますわ」
また、わたくしは思いますわ、だ
テレーシアはさらっと自己主張を強めながら、ギルベルトを持ち上げている。
そもそも、この場の主導権が気づけばギルベルトに握られているではないか。これは大変不味いことである。
私は学院の実習に来たのではない。テレーシアに対して吊り橋効果を狙って、今ここにいるのだ。テレーシアの身に起きる吊り橋効果が、このままではギルベルトへ向かいかねない。
「そのとおりだよギル。僕ら二人は初めて遺跡に足を踏み入れた。探索者として語られる経験は、既知の知識であろうと時に新鮮に映る。そしてなによりここから先は知識だけでは補いきれない、経験こそ物を言う世界だ。ここは先達者に頼らせて貰うとするよ。
もちろん、クリスもよろしく頼むよ」
まるで何かの合図のように、トールの微笑みが向けられた。
ああ、トール。愛しているわ。流石私の親友。友愛の全てを注ぐべき、生涯の友。
主導権を握られてしまった私の心情を察し、水を向けてくれたのだ。
「ええ。本来二人には遠く及ばない私だけれども、遺跡の経験だけは貴方たちに胸を張れる。二人が安心して初めての遺跡探索に臨めるよう、尽力させてもらうわ。
だからテレーシアさんも、是非私を貴女の盾だと思って、頼って頂けると嬉しいです」
「ええ、お願いしますわミス・ラインフェルト」
やけに素直なテレーシア。
「あまりこうして長話をしていてもあれですし、そろそろ進みましょうか。ギルベルトさん、改めて今日はよろしくお願いしますわ」
「ああ、任せておけ」
理由は簡単だ。テレーシアは今、ギルベルトのことしか見えていないのだ。
折角特進クラスに混ざって、吊り橋効果を狙いにやってきたというのに……ああ、本当にギルベルトは邪魔である。
これはそんな私のため、空気を変えるため現れたのかもしれない。
小石を蹴るような音。
トールとテレーシアは気づいていない。
ギルベルトはベテラン探索者なだけある。すぐにその足音へと振り向いた。
オーガである。それが通路の影から二体、三体と次々にその姿を現した。
私たちに遅れることオーガに気づいたトールとテレーシア。空気ががらっと変わり、彼女の緊張した顔の強張りを見て、やった、と私は拳を握った。
角を生やし筋肉太りしたような、体長二メートルほどの体躯。猛々しく雄叫びを上げながら襲ってくるその姿が、今は天使に見える。
ギルベルトは腰に提げている剣に手を置くが、抜くような真似をしていない。トールたちの目配せをしながら、二人が動くまで待っている。
今日の遺跡はあくまで体験である。ベテラン探索者たるギルベルトは、二人の安全弁としての役割に徹するようだ。
トールたちもそれを理解したようだ。
テレーシアは負けん気が強い。ギルベルトに良いところを見せんとばかりに、その右腕をオーガたちに突きつける。
立てられた二本指の先に炎が熾った。
時間にして僅か一秒。熾された炎は火球となり、銃口から放たれたかのようにオーガを襲う。着弾と同時にそれは爆発し、群れごと飲み込んだ。
爆炎魔法だった。僅か一秒で組み上げたとは思えないその魔法。範囲と威力、そして狙いも定まっており、流石テレーシアと言ったところだ。
が、良い魔法とはいえ良い判断とはいえない。
爆発によって巻き起こる煙が、オーガたちの姿を隠してしまっている。これではその生存の有無、五体の満足度がわからない。
こればかりは経験不足。仕方ないだろう。
「ひっ!」
案の定、生き残ったオーガが煙の中から飛び出してきた。
焼けただれ片腕が千切れ飛ぼうが、相手は本能のままに襲いかかってくる。
その姿はとてもグロテスクであり、テレーシアが短い悲鳴を上げてしまう。
剣を抜こうとするギルベルトを片手で制し、私はそんな彼女を守るため、引き立て役の前に立ちはだかる。
乱雑に振り下ろされるその手を払い、同時に右足でオーガの片足を砕く。
バランスを崩し、今は愛らしくも見えるオーガの顔は、私のへそ辺りの高さまで落ちてきた。
左手を突くように伸ばしながら、右手はあばらの下まで引く。
そして弓を引いて矢を射るイメージを持って、この右の握り拳を突き出した。
いわゆる正拳突きである。
空手の基礎中の基礎。
基礎だからこそ生前の私は、河原で毎日のように空突きをしながら、型をしっかりと体に馴染ませていた。しかしその代償として、下校途中の子供たちにバカにされ続けてきた。
私の正拳突きの練度は、つまるところ投げられてきた罵倒と石の数である。
そして魔法により強化された肉体と、その保護により剛性を手に入れたこの拳は、オーガの頭蓋を粉砕するのに十分すぎた。
「大丈夫ですか、テレーシアさん?」
「え、ええ……助かりましたわミス・ラインフェルト……」
驚くくらい素直に礼を口にするテレーシア。
目の前に迫った驚異。それを取り除いた私にときめいてしまってもおかしくない。
が、彼女を振り返るとなぜかその顔は赤いどころか真っ白になり、ただただ引きつっていた。
「は、話に聞いてはいたけど凄いねクリスは」
トールの声もどこか上ずっている。
「想像以上だなラインフェルト。拳一つでオーガの首が吹っ飛んだぞ」
私が倒したオーガの死骸とその頭蓋の行方。ギルベルトは感心しながら目を行ったり来たりをさせている。
「マルティナがあれだけ言うわけだ。破壊の神、納得だ」
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