17 探索者

 今回の遺跡は森の中。特進クラスと合流した場所から、十分程歩いた場所にあった。


 遺跡の入口と一口に言っても、様々な形がある。


 一見ただの洞窟に見えたり、いかにもな仰々しい門があったり、普通に歩いていたらまず見落としてしまうような、床下収納のような扉がついている場所などなど。


 遺跡に繋がる入り口は、元主の個性によって大きく左右されているが、どれにも言えることが一つある。


 入り口の先は地下へと続いているのだ。


 例に違わず今回挑む遺跡も、洞窟へ入ってすぐに下り階段が認められていた。


 この遺跡はどのような魔獣の住処だったのかはわからない。しかしこの遺跡の元主は、人間大の大きさだったのだろう。二人並んで降りられる程度の広さの階段が、地下へと続いていた。


 まだ階段を降りきっていないというのに、後ろからは緊張が伝わってくる。


 トールとテレーシアだ。


 命の危険を晒すような場所に、足を踏み入れたことがない二人。いくら神に愛された二人であろうと、肩の力を抜くことはできないようである。


 ここは二人にとって、非日常の場なのだ。


「じゃあ、遺跡探索の資格をたった十三歳で手に入れたっていうことか?」


 だから休み時間の語らいのように、すっかり脱力しきっているギルベルトは非日常に相応しくないのかもしれない。


「ええ、今はこの王都を去った先生が、誕生祝いとして贈ってくれたんです」


 遺跡探索は慣れたものであり、肩肘を張りすぎても疲れるだけだ。何よりここは、期せずして私が初めて足を踏み入れた遺跡だ。ギルベルトと雑談を嗜めるくらいの余裕があった。


 ギルベルトは邪魔である。


 私は恨み言は言わない。一方的な逆恨みで、彼の全てを嫌っている訳ではないのだ。むしろ話してみれば、好感が持てる人間性である。


「凄いなラインフェルトは。国中を回って色んな奴を見てきたが、流石にそんな年で資格を取っている子供なんて見たことがないぞ」


「英雄の息子である貴方にそう言って頂けて光栄です。ですがそれは私自身の実力ではなく、先生が尽力してくたおかげで手に入ったものです。先生がいなければこの歳となった今でも、手に入るものではありません」


 これは本音である。どれだけの力があろうとも、子供に遺跡の資格なんて降りるものではない。


 例え親の庇護下であろうと、十六歳で成人と認められる。それに伴って、子供に対してかけられていた制限が色々と開放される。


 遺跡探索の資格はその一つ。


 資格取得に年齢制限などないが、それでも十六歳未満であればまず不可である。それが十三歳の身で降りたということは、相応のコネと立場を使ったということだ。


「それに資格取得の年齢を口に出すのなら、貴方の前で胸を張れることなんてできません」


「そうですわギルベルトさん! ミス・ラインフェルトは王都で最年少の資格取得者でありましたが、それは既に過去の栄光。今はその栄光は貴方の物ですわ。なにせ僅か十歳で取得しているんですもの」


 遠回しに私を貶しながら、これでもとばかりにテレーシアは媚びる。


 そう、ギルベルトは僅か十歳で遺跡の資格を手にしたようだ。


「栄光、ね。そう言われるとすわりが悪いな。俺の場合は、家庭の事情が絡んでのもの。知らない内に父さんが取ってきていただけだよ。それも過去の栄光を振りかざした、親の七光りの依怙贔屓だ。取得年齢自慢なんてとてもじゃないができやしない」


 両手を広げながら肩をすくめるギルベルト。


 その様は決して自嘲気味ではなく、ただ自分にとっての事実を並べただけなのだろう。


「そんなことありませんわ。ギルベルトさんはレデリック王立魔導学院の特待生、主席。実力が伴っているではありませんか。手にした経緯はどうあれ、その栄光に胸を張ってよろしいとわたくしは思いますわ」


「テレーシアさんの言う通りです。依怙贔屓など言い出したら、私も同じようなもの」


「美女二人に持ち上げられて、大変ありがたいことだな。でも栄光はやはりラインフェルトに捧げられるものだ。ラインフェルトは俺とは違い、認めてもらうべき相手に認めさせたんだ。それは間違いなく、ラインフェルトの行動と実力があってこそだと俺は思うよ」


 後ろから悔しそうなオーラと唸り声が上がっている。


 私を落としながら媚を売ろうとしたのに、回り回ってギルベルトが私を褒め称えているからだ。


 一方、私は私ですわりが悪く、真っ直ぐと彼の顔が見られないでいる。


 ギルベルトが親の七光りで依怙贔屓なら、私は先生にこの身を捧げている。召し上がれることが一番のご褒美であったとしても、彼に向かって胸を張ろうものなら恥知らずの名を冠してしまうだろう。


「家庭の事情と言ったけれど、それはどういう意味だい? 何か必要に迫られていたとか?」


「差し迫ったものじゃない。父さんがただ、親子の時間を大事にしようとしただけだよ」


「親子の時間?」


 トールが首を傾げるのも無理はない。私やテレーシアさんだって傾げている。


 親子の時間と遺跡の資格。それがどう絡んでくるのか。


「言ってなかったっけ? 聖騎士を辞めた後の父さんは、探索者をやっていたんだ」


「探索者ですって!? あの英雄が!」


 テレーシアにしてははしたない、素っ頓狂に張り上げる声。


 これは私やトールだけではない。この場にいれば、ハーニッシュ先生やマルティナだって驚くだろう。


 遺跡内の環境は、その魔力の濃度によって地上とは別世界である。魔力が濃密ゆえに発生する鉱石や、影響を受けた植物など、魔導工学に役立つ様々な物が手に入るのだ。


 魔物が沢山湧くのもまた、決してマイナス要素として終わるわけではない。彼らの血や肉もまた魔導工学に役立つのだ。魔物の死体は放っておけばいずれ霧散し遺跡に取り込まれるが、遺跡の外へと持ち出せばその形は残り続ける。


 魔導工学に限らず、魔物の肉体はあらゆる分野で利用価値を見出されている。需要のある部位だけを剥ぎ取り、持ち帰って換金するのだ。


「驚いてるようだな。ま、そうだよな。英雄様だなんだと持ち上げられている男が、わざわざ探索者なんかやっているんだから」


「英雄が探索者……いえ、ごめんなさい。決して探索者を軽く見ている訳ではないのですが……」


「いいよ、そんな気にかけてくれなくて。探索者は水物商売。上品とは程遠いし、半分以上がろくでもない奴ばかりの世界だ。探索者なんてのは、軽く見るくらいで丁度いいんだよ」


 卑下しているわけではない。ギルベルトは自分が知っている世界を、感じたままに口にしているのだ。


 探索者は決して憧れるような商売ではない。


 遺跡内部に眠るお宝は、養殖ではなく天然物である。遺跡へ潜ったはいいものの、命をかけて手にした換金結果は雀の涙。逆に一攫千金級の品が手に入れば、分け前で争うなど日常茶飯事だ。


 だからといって、一人で遺跡を潜るような探索者はいないだろう。遺跡内は常に死と隣り合わせである。


 だからこそあの英雄が、探索者をやっていたことに驚いた。遺跡探索の資格と言ったらまず探索者のことを思い至るはずが、この二つを結びつけることができなかったのだ。


「遺跡ってのは下へ降れば降るほど、美味しい品が眠っている。だから探索者は遺跡の日帰りなんてことはまずしない。特定の階層まで降りると、隅から隅まで見て回るのが探索者の定石だ。最低三日は拠点の村や町に戻るなんてことはしないな」


「親子の時間というのは、つまりそういう意味なのかい?」


「ああ。ガキの頃はそれこそ、一ヶ月単位で親子の団欒がないのは当たり前だ。でもあれでも子煩悩な親なんでね。俺の魔法がそれなりの物になったのを見計らい、家でのお留守番はもういいだろうということになったんだ」


「いや……それにしたって……」


 トールはその先の言葉が続かない。


 ギルベルトは十歳にして遺跡の資格を取った。つまりその歳から探索者として、日々遺跡内にその身を置いていたということだ。


 子煩悩だというのなら、息子をそんな危険な場所に連れて行くだろうか。


「なるほど、流石は英雄というわけですわね。遺跡は幼いギルベルトさんに危険を及ぼす場所ではない。なぜなら自分が付いているから、とお父様は考えていらしたのですね」


「そこまでの自信家かと言われれば、頷くことはできないが……そうだな。脇を固めてくれる仲間を信用していたのは確かだよ」

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