16 遺跡の歴史
「よし、ラインフェルトの同行を理解して貰ったところで、改めて遺跡について確認する」
二度ばかし手を打つハーニッシュ先生に皆注目する。
「グランヴィスト。遺跡とは一体なんだ、その歴史をわかりやすく解説してみろ」
「はい。遺跡を語るにはまずレデリック王国建国前、つまり千年前まで遡ります。この土地は当時、魔神と呼ばれる存在の領域でした。
魔神は強大なる力を持って、魔物を支配下に置いております。それだけでは飽き足らず、我ら人間すらも支配しようと目論んだのです。いわゆる、世界征服というものですわね。
人間はそんな魔神の支配を受け入れませんでした。その支配から抗ったのです。人類と魔神の戦いは、こうして始まり長い歴史を築き上げてきました。そんな長い歴史の中で、理性ある魔物が登場してきます。
魔獣。彼らが根城にしていた迷宮こそが、私たちが遺跡と呼ぶものです」
「うむ。お手本のようにわかりやすい解説だ。ラインフェルト、その先を続けてみろ」
「はい。魔獣は魔王より力を分け与えられた存在です。理性を得た魔獣でありましたが、根っこにあるのは弱肉強食の本能。同じ魔神を崇め仕えながら、彼らは互いの寝首を狙い合う関係にありました。
理性を得たということは、知識と知恵を身に着けたということ。魔神軍と呼ばれるまでに膨れ上がったその内情は、常に奸計と謀略が繰り広げられてきました。
魔獣の根城が迷宮となったのは、決して人類を恐れてのことではありません。仲間であるはずの同じ魔獣を恐れての措置でした。
人類が魔神に対して勝利を収めたのは、勇者レデリックの存在と同じくらい、一致団結できない魔神軍の愚かさが招いたものだと歴史は語っています」
「悪くはないが、初等部の子らを相手にするには、言葉や言い回しが優しくないな。わかりやすく解説せよということは、そういった者たちを想定してのわかりやすさだ。その辺りを噛み砕けるように精進するといい」
う、と唸りを上げそうになった。
咄嗟にしてはわかりやすく纏められたと思ったのだが、テレーシアと比較すると、ハーニッシュ先生が言うように優しくない。こういう時こそ、テレーシアとの頭の出来の違いを実感するし尊敬する。
得意げにかつ満足げなテレーシア。その右手の裏側には、伸びに伸びきった口角が隠されているに違いない。
「それではアーレンス。説明を継いでみろ」
「あー、こういうのはあまり得意じゃないんですけどね。
かくして魔神軍が滅び、勇者レデリックの名を冠し、レデリック王国は誕生したわけですが……魔神軍の遺産というものが、当然残されたわけです。それこそ色々と残ったようですが、その代表的な遺産こそが、魔獣の住処でもある遺跡です。
遺跡の内部は、地上とは比べ物にならない濃度の魔力が満ちている。その原因は、魔神が生み出したクリスタルが遺跡の最奥に眠っているからです。
クリスタルは一定量ですが、無限に魔力を生み出し続けている。魔力は魔物たちにとっての力の源であり生命の源。クリスタルを与えられた魔獣たちは、自らの寝床にそれを配置し、常に力を蓄えていた。
が、その魔力を利用する主がいなくなり、遺跡と呼ばれるようになった今、使用されない魔力は濃度だけが増していく一方。魔力は魔物の生命の源と言ったように、魔力がある場所にこそ魔物は湧きやすい。そんな魔物が発生する好条件もあって、遺跡には常に魔物が溢れかえっている……でいいですかね?」
「及第点だな。学園に通ってこなかったという経歴を加味しての話だが」
「うわ、厳しい」
ハーニッシュ先生の採点に、思わずギルベルトは苦笑い。言葉ほど気にしていないようではあるが。
「最後にヴァルトシュタイン。まとめてみろ」
「以上のことから、遺跡内の魔力はクリスタルによって一定量を保たれており、魔物が出現しやすい環境となっております。遺跡によって魔物の出現数や種類は変わってきますが、どの遺跡にも言えることは、魔物が遺跡の外へと出てくる危険があるということです。
騎士団や魔導師団が定期的に遺跡を周るのは、そんな危険を予め防ぐため。遺跡の魔物を討伐しながら、遺跡に変化がないかを調べ、王国内の治安を守っているのです。
そんな特殊な環境である遺跡だからこそ、地上では手に入らない物もありますが……初等部を相手にするならこれくらいでいいでしょう」
「よろしい」
よどみなくすらすらと纏めるトールにハーニッシュ先生は満足げだ。テレーシアと同じく口を挟む余地がないのだろう。
「皆わかっている通り、遺跡内は安穏が約束されている地上とは別世界だ。少しの油断が命取りとなり、同行者の命をも危うくする。特に君たちの探索は、一般学院生とは違い私たち講師や聖騎士などは付いていない。入ったら最後、地上に戻るまで気は抜けないものだと思え」
「あの、よろしいですかハーニッシュ先生」
自信に満ち溢れた彼女には珍しく、おずおずと手を挙げるテレーシア。
「なんだ、グランヴィスト?」
「今回の遺跡は、一般学院生たちが体験する遺跡とは格段に上。それはわかっているのですが、実際の所、どのような遺跡なのでしょうか?」
いつも自信に満ち溢れたテレーシアにしては珍しい。
いざ遺跡を目の前にして、不安とまではいかないが、緊張してきたのだろう。美しい顔が強張っており、私はニヤけそうになるのを堪える。
今回の遺跡探索は、吊り橋効果が期待できる。それを確信した。
「魔物の出現傾向としては、オーガやスケルトン種が中心だ。階層を下っていくとゴースト種が混ざってくるが……まぁ、今日は降りても三階までだ。遭遇することはないだろう」
「でも今日という日のために、三ヶ月は誰も立ち入ってないからね。数だけはいい具合に増えている頃かな」
マルティナの補足説明に、思わずこの拳を握りしめた。
魔物を恐れたわけでもなければ、屠る楽しみがこみ上げてきたわけでもない。テレーシアが唇を固く結んだのを横目で見て取れたからだ。
「ま、散々脅してきたがそう気を張るなグランヴィスト。ここ数年の遺跡探索で怪我人は出ていない。一般学院生ならともかく、特進クラスの君たちが初めて経験するには、丁度いい難易度だよ。
それに例年より一人少ないとはいえ、遺跡探索のベテランが二人もいるんだ。心配しているようなことは起こるまい」
「そうですよテレーシアさん。貴女に劣る非才の身である私ですが、遺跡での経験だけは豊富のつもりです。どうか頼って――ん……二人も……?」
テレーシアに頼れるところを見せようとしていたら、ハーニッシュ先生の言葉の端に気になる単語が上がった。
ベテランが二人も?
私とマルティナの二人、という訳でがない。マルティナはお守役で、中に入ってこないのが前提だ。
嫌な予感がした。
予感というにはそれ以外の可能性は見いだせなく、恐る恐るその男を振り返る。
「ああ、俺も資格持ちなんだ。父さんに昔から連れ回されてな。むしろ遺跡の探索こそが俺の専門だ」
「流石ギルベルトさん、頼りになりますわ!」
やっぱり。
「わたくし、いざ遺跡を前にして緊張してきてしまいました」
私の恋の前に立ち塞がるのはこの男か。
「ですがギルベルトさんがいるのを思い出したら安心しましたわ。どうか今回の遺跡探索、胸を借りる気持ちで頼らせて頂いてよろしいでしょうか?」
あぁ、本当に……
「任せておけ。何があってもフォローするから、安心して遺跡を回ってくれ」
この英雄の息子は邪魔である。
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