14 第二次吊り橋効果計画

「私が特進クラスの皆様、とですか?」


 呆気にとられた。


 一般学院生と特待生の教室は棟が離れている。普通に講義を受けている限り、食堂以外ではそうそう出会うことがないほどの距離。互いの領域に踏みれてはいけないという、暗黙の了解があるほどだ。


 それほどまでに差別化され、講義や実習が交わることのない二つ。そこに私へ交わってほしいなど、許されるのだろうかという疑問が先に来る。


「今回の実習は、どのようなものであるかは説明されているな?」


「はい。地図もなしに学院生の力だけで採取をしながら下を目指す。目的地は三階層。講師の手を借りず、遺跡探索の経験を得ることを意義とした実習ですね」


「そうだ。魔導学院生であるのなら、遺跡は切っても切り離せない。彼らにとって耳で聞いてきただけの危険な領域であり、初めて大勢の魔物と相対する場所でもある。だらだらと言葉で語るのではなく、さっさと中に入れて怖い思いをしてもらおうという趣旨だな」


「魔導学院生だからこそ遺跡を軽く見てはいけない、という教訓を得てもらうのですね」


「しつけとも言える。これから自分たちが扱う、遺跡産の貴重な品々。怖い思いをしたからこそ、その重みを実感できるというものだ。粗末に扱うことなどできんくなる」


 今まで安全な場所から、危険性だけを説かれてきた遺跡。これまでは誰かが危険を犯して、貴重な品々を地上に持ち出してきた。それを誰よりも扱う機会を得た魔導学院生だからこそ、身を以て知ってもらおうという魂胆のようだ。


「と、例年遺跡は怖い怖いと散々脅かすのだが、初めて探索させる遺跡は危険な場所ではない。魔導学院へと至った若者であれば、怪我する場所でもない」


 優秀であろうと温室育ちの若者を、いきなり危険な場所に放り込む学院ではない。それなりの温室を用意している実習だ。


「先日聖騎士へと遺跡に入ってもらい、掃除をしてもらったばかりだ。そこから増える魔物の数は知れている。脅かし役くらいにしかならないさ」


 あくまで安全第一。檻越しの猛獣を猟銃で相手するくらいのものだ。怪我人がもし出たとしたら、先生方の教えを守らなかった愚か者だけ。調子に乗って自ら檻の中に手を伸ばすような真似をした自己責任だろう。


「そのお掃除でしたら、私もお手伝いさせて頂いたばかりです。この前のお休みに遺跡へ同行させて貰ったのですが、まさか実習を行う場所だとは思いませんでした」


「何だその本末転倒な話は」


「同じことを言われてしまいました」


 呆れてこそいないだろうが、ただただ息をつくハーニッシュ先生。


「十三歳で遺跡探索の資格を得たのは伊達ではないようだな。お休みのお出かけ感覚というわけか」


「そこまで驕ってはおりません。聖騎士の方々と同じくらいの心構えはあります」


「なら、今回の実習はピクニックにもならんという訳だな」


 私はそんな決めつけに、ただニコリと返すだけ。


 石橋を叩きに叩いて渡る今回の遺跡探索。


 散々呪いに塗れた心霊スポットを巡った者が、文化祭のお化け屋敷を巡るのと変わらない。むしろ脅かし役のおばけを倒しても構わない分、ドキドキよりワクワクが来る。


「そんな君にとって散歩のような実習だが、特進クラスの四席と五席が、一般学院生たちと一緒に巡りたいようなんだ」


「え……?」


 お化け屋敷の存在より、今のハーニッシュ先生の言葉の方がドキリとした。


「なんでわざわざ、二人もこちらの遺跡に?」


「特進クラスは、一般学院生とは違う遺跡で実習を行える」


「私たち一般学院生よりも難しい遺跡を選択できるのですよね」


「特別である彼らが、特別である理由を示すための場を用意しているわけだ」


 もちろんそれは、私のような遺跡に慣れた者にとっては難しい遺跡ではないだろう。しかしそこそこの魔物は湧く。掃除も直近で入らず数も多いはずだ。


「選択権はあれど、特待生五人で挑むのが通例。今年も聞くだけは聞く、くらいのつもりで皆に伝えたのだが……」


「二人も下を選んだというわけですか……」


「困ったものだ」


「でもまた何故?」


「あの二人は自らを研究職と割り切っている。絶対なる意思の下、彼らはこう主張しているのだ。『安全第一。自ら危険に足を踏み入れるのは愚者の所業だ』とね」


「なるほど……一等講師が付かない遺跡探索はやっていられない、というわけですね」


「の、ようだ」


 面倒なことになったという様子のため息。


 特待生は特別である。自らの才覚と実力に絶対的な自信を持っており、皆が皆ではないが、一般学院生との差別を望んでいた。


 元々は同じ難易度の遺跡を初体験の実習場としていたらしいが、ある年の特待生たちが、まずは遺跡の差別化を望んだようだ。自分たちに相応しい、もっと難しい遺跡を。


 要求は通り、その差別はそのまま伝統して残ることとなった。


 そしてある年の特待生たちが、更なる特別を望んだ。遺跡の脅威度に差が出ようが、一般学院生と変わらぬ安全を背中に置いている。それを一般学院生に揶揄でもされたのか、不服としたのだ。


 特定の組織に属さず、遺跡の資格も持たない者が遺跡に足を踏み入れることは許されない。だからこそ一等講師の帯同が必要なのだ。


 これは国家の決め事。そんなワガママが通る訳なないのだが、通ってしまったのだ。


 魔導学院の特待生は一等講師が入り口まで帯同し、その許可の下、遺跡へ足を踏み入れることを許される。


 国のルールが書き換わってしまったのだ。相応の地位を持った子供たちの親が、その我儘をねじ込んだのだろう。


 かくして一本芯が通っていたルールは、後世への迷惑も考えず、その場のその場の身勝手さによって書き換わっていったのである。


「二人欠けると残りは三人。特別の中の特別が三人だ。あの三人であれば問題なく終わるだろうが……」


「例がありません。このまま送り出すには心配ですね」


 悪しき伝統と通例。義務のようにそれを訴えかけようとも、現代に生きる者が皆、大人しく先人の右に倣うとは限らない。


「だからといって、今更その背中で安全を約束するわけにもいくまい。周りがきっと、うるさく騒ぎ出す」


 その場その場で出来上がった特別という歪み。そのツケはいつだって今を生きる者が払う羽目になる。


 どうやら今回の支払いは、ハーニッシュ先生に回ってきたようだ。


「そこで私という訳ですか」


 全てが納得いった。


 縁のないはずのハーニッシュ先生が、なぜ一般学院生である私に相談を持ちかけたのか。


「二人の穴を私で埋めようとしているのですね」


「聖騎士団の知人から君の話は聞いていた。ラインフェルトならば、二人分の穴を補って余りある人材だろう」


「よろしいのですか? 伝統を重んじる方々が、黙ってはいないと思いますよ」


「それを早速軽んじたのが二人いる。超法規的措置という訳でもないのだ。彼らを認めるのなら、このくらいの目くじら、私が立てさせんよ」


 このことで私に迷惑はかけない、という意味なのだろう。


 合法的にかつ、うるさく言わせないための安全策。伝統を蔑ろにせず三人の安全を確保するには、確かにこれが最善だ。


 遺跡は危険な場所だ。例えどれだけの力を持とうが、魔力切れなど起こせば最後である。どれだけ楽な遺跡であろうと、たった一人で足を踏み入れる度胸は私にすらない。


 肉体強化と保護。特進クラスの彼らならば、この二つをしっかりと怠らなければまず危険はない。痛みはあっても怪我なく切り抜けられるだろう。


 しかし危ないのを教えられているだけなのと、体験しているのでは心構えが違う。


 生々しい暴力が牙を向く。どれだけ頑丈な檻であろうと、温室育ちを慄かせるには十分だろう。一歩踏み違えれば落ちるような、足元の不確かさを実感するはずだ。


 私にとってはお化け屋敷。だが彼らにとっては心霊スポットくらいの怖さはあるだろう。


 だから、我が頭脳に生み出されたそれはまさに天啓だった。


「わかりましたハーニッシュ先生」


 閃いたとも言える。


「私でよろしければ、是非協力させてください」


「ありがとうラインフェルト。そう言ってくれると信じていた」


 重かった肩の荷がこれで降りたかのように安心するハーニッシュ先生。


 私の頭の中では既に、別のことを思い浮かべていた。


「こちらの事情で振り回すようになってすまないな」


 テレーシア。


 温室の中でも一番日の当たる場所で大事に育てられた嬢様。そんなお嬢様が、初めて経験する遺跡体験。


「いえ。トールとテレーシアさんは私にとっても大切な人。他人事ではありません」


 気丈に振る舞う美しいテレーシア。その内心は初めて命の危険を晒していることへの恐れと慄き。


 私はそんな彼女の盾となろう。彼女の一番近い場所で、彼女を傷つけようとする全てから守り通すのだ。


 彼女の恐れや慄きよる心臓の鼓動は、胸の高鳴りだと勘違いするに違いない。


「責任を持って、当日の安全役を引き受けさせて頂きます」


 第二次吊り橋効果計画の始動である。

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