15 実習当日
「何故ここにミス・ラインフェルトがいるのですか!」
本日は快晴。
ピクニック日和に相応しき蒼天を劈くように、悲鳴のような叫びが周囲一体を震わせた。
「御機嫌よう、テレーシアさん。本日は私も、特進クラスの皆様とご一緒させて頂く予定ですの」
「ミス・ラインフェルトは一般学院生でしてよ! 誰がそんな例外を許したのですか!?」
「私だ」
馬車を降りた私の存在に、真っ先に気づいたテレーシア。問い詰めるように私の傍までにじり寄ったが、答えはその後ろにいる者からもたらされた。
「ラインフェルトの遺跡経験と実力は、聖騎士に肩を並べるほどだ。資格もあるので、私が声をかけさせてもらった」
「よ、よろしいのですか? 学院は伝統を重んじるもの。そんな例外を簡単に許してしまっては、下に示しが付きませんわ」
「例外を口にするのならば、今回の遺跡は特待生五人揃って臨むのが通例だ。それが今年は二人も欠員している。ならばこのくらいの特例、伝統を持ち出して目くじらを立てるほどのことではあるまい」
バリトンボイスで紡がれるロジカルさ。
異論は許さんとばかりのハーニッシュ先生に、テレーシアも言葉が詰まり、これ以上の意義を申し立てることを諦めた。
「やぁ、おはようクリス」
「まさかラインフェルトがいるとはな」
「御機嫌よう、トール、アーレンスさん」
電光石火のテレーシアに遅れること、ゆっくりとした歩で姿を現す男子組。
「先生も人が悪い。こういう面白そうなことは、もっと予め教えてくれないと」
「覚えておけアーレンス。予め周知することで騒がれるのなら、事後に騒がした方が労力は少ないぞ」
今回の特例は周囲に秘密にしていたことだ。
ハーニッシュ先生の言葉の通り、予め周知していれば関係ないところからも矢が飛んでくる。準備期間にそのような者相手に労力を払うなら、終わってからの方が楽である。最悪耳さえ塞いでいれば、向こうが勝手に疲れてくれるとハーニッシュ先生は語ってくれた。
実際うるさい筆頭であるテレーシアは、未だ納得いかなげであるが諦めている。
「やっほー、クリス」
「マルティナさん?」
ひょっこりとまるで当然のように現れたマルティナ。
「本日の護衛はマルティナさんだったのですね」
初の遺跡体験実習には聖騎士が派遣される。一等講師に加えた保険であり、まず手を出してくることはない。
今回特進クラスに派遣されてきたのはマルティナ。聖騎士二年目。いつも飄々として若い彼女であるが、聖騎士団では特進クラスを任せられる評価を受けているようだ。
「本末転倒な遺跡実習をしてるんだろうなと思ったら、まさか顔を見ることになるとは思わなかったわ」
「ええ、私もです。見知った頼りになる方の顔が見られるとは思いませんでした。いえ、マルティナさんほどの方ですものね。特進クラスを任されるのも納得です」
「待ってるだけの仕事に任されるも何もないわよ。こういう雑用は、下の者に押し付けられる宿命なの」
やれやれと言ったばかりのマルティナの本音。
「クリスがいるなら、なおさらわたしなんていらないじゃない。聖騎士ここにありとの看板だけ立てて、今日はもう帰っていいかしら?」
「その場合は、徒歩で帰ってもらうぞ。王都から馬車で一時間、数時間待つか歩いて帰るか。どちらが君にとって負担かな?」
「しゃーない。数時間待つお仕事に励ませて貰いますか」
人生は諦めが肝心。マルティナの顔はそう悟っている。
「しっかし、マルティナまで知らなかったって言うのに、トールは落ち着いているな」
「さんを付けなさいさんを。いい加減マルティナさんと呼び改めろ」
「いや、でもほら。マルティナってマルティナって感じじゃないか」
「ホント可愛げがないわねこの男は。カールのようにしつけてやろうかしら」
言い切るより早く、ギルベルトへボディブローを放つ。それを平然と片手で受け止めるも、ギルベルトの首はトールを見たままだ。
「最初から知っていたな?」
「決まったその日にね。クリスから知らされていたんだ」
「親しい友人に話すくらいは許されていましたので。口の堅いトールになら、むしろ話しておくべきと思いました」
ハーニッシュ先生もそれには賛成してくれていた。一人くらい最初から知っていたほうが、当日はスムーズに行くと。
「ということは、俺たちだけが除け者だったらしい。うるさく反対すると思われていたなんて、友達甲斐がない奴らだと思わないか、テレーシア?」
「そうですわねギルベルトさん。ミス・ラインフェルトとわたくしは、同じ学び舎、教室で学んできた仲。ミス・ラインフェルトの同行をわたくしが反対する訳がありませんわ。なのにこのような大事なお話を教えて頂けなかったなんて、わたくし、とても悲しいですわ」
軽口のつもりのギルベルトはいいとして、テレーシアの大胆な演技。
あのような一幕を早々に見せておいて、よくここまで白々しい演技に切り替えられるものだ。入学式以来の彼女のコミュニケーション。安心感を覚えるほどである。
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