06 入学式を終えて

 レデリック王立魔導学院は四年制の学院である。


 毎年特待生枠に五人、一般枠に五十人を迎えていることから、全学院生で多くても二百二十人。


 その数が多いと思うか、少ないと思うかは、受験資格を見ればよくわかる。


 まず受験資格はその年で十五歳から十七歳を迎える者たち。つまり現役で受からなかったとしても、チャンスが二回残されている。そんな年齢資格を持つ若者たちが、王都以外からも沢山やってくるのだ。


 王立学園とは違い、入学には家柄の誤魔化しは利かない。十分な教育を与えられた貴族が有利なのは確かだが、才能と実力さえ伴えば、学院は喜んでその席を与えてくれる。


 それこそ今年の主席の座へ腰を下ろした、ギルベルト・アーレンスのように。


 門は誰にでも開かれている。しかしその椅子は、毎年たった五十五席のみ。


 魔導学院生たちが、いかに国の将来を背負い、期待されている精鋭たちなのかが見て取れるだろう。非才である私が、この学院に滑り込めたのがいかに難しかったのがよくわかる。


 努力だけではどうにもならないものがこの世にはある。私は生前の知識を用いることで何とか滑り込むことに成功した。


 天賦の才こそ与えられなかった。しかしこの記憶のおかげで彼らに並ぶことが許された。


 かくして期待を胸に、レデリック王立魔導学院生となる一日目を迎えたのだ。



「それで、聞きたいことがあるのだけれど」


 昼休み。


 魔導学院の食堂は、まさに大広間と呼べるものだった。


 一直線に長く並んでいるテーブルが、合計四列。学院生が全員席へ着いても、半分しか埋まらないほどの余裕がある。


 そんな大広間、トールの対面に腰を据えると、早速そう切り出す。


 彼が浮かべているのは、やっぱりその話からかという苦笑い。


 午前中一杯、頭を離れずもやもやとしていた疑問。


 この疑問はおそらく私だけではない。特待生組はもう解消されているかもしれないが、一般枠の私たちはずっと頭にクエッションマークを抱えたままだ。


「入学生代表挨拶、あれはなに?」


 レデリック王立魔導学院の入学式。


 本日から胸を張って我が校と呼べるようになった、栄光あるレデリック王立魔導学院。


 その伝統は大きく重んじられており、カビの生えたような通例が、義務のようにのしかかってくることが多々ある。


 一つの例として、入学生の代表挨拶。


 通例であれば主席に務めるべく栄光であり、義務である。


 英雄の息子、ギルベルト・アーレンス。


 世間に姿を晒す、彼のお披露目会も兼ねていた大イベントだ。誰もが好奇心お抑えきれずにいた。


「なぜ次席である貴方が挨拶をしていたのかしら?」


 だが主席を差し置いてその名を呼ばれたのは次席のトール。


 会場からは動揺する音が到るところから漏れ出した。


 異例の事態。事情を知らず首を傾げる私たちのせいで、会場は変な雰囲気に包まれていた。


 それでも臆することなく堂々と挨拶をするトールの姿。すぐに会場は元の空気へ入れ替わり、つつがなく入学式は終わりを迎えた。


「まず、弁解をさせてもらうと、あれは僕の本意でない」


「わかっているわ。貴方がああいった役割にこだわるわけがないもの」


 代表挨拶という特別。テレーシアならこだわるだろうが、トールは役目ならば完璧に応えるだけで、積極的にやりたがるタイプではない。


「そして僕の家や周りが騒いだわけではない」


「そうね。貴方のご両親は、そんなみっともないことをする人たちではない」


 家の義務、役目に厳しいからこそ、形だけの特別に悦に入るご両親ではない。うちの子がなぜ主役じゃないと駄々をこねる、モンスターペアレントでは決してないのだ。


「最後に家の格を気にした、学院側の意図ではない」


「学院は伝統を重んじるもの。当然よね」


 お偉方にもし家の格に厳しい者がいたとしても、あんなあからさまなことをするわけがない。そんな真似をすれば、すぐその席から降ろされてしまうだろう。


「貴方の本意でなければ、貴族たちが騒いだわけではない。そして学院の意図ではない」


 指を一つずつ折りながら、呆れたように可能性を消していく。


 そう、呆れているのだ。


 この三つが関与していないのなら、答えはもう一つしかない。


「まさかギルベルト・アーレンスのわがままなの、あの異例は?」


「そう、やりたくないって駄々をこねたんだ」


「呆れたわ」


 心の内だけにしておこうと思った感情が、つい言葉になった。


「主席が挨拶のボイコット。前代未聞ね」


 当日になっての体調不良でならまだわかる。過去に例はあったかもしれない。


 だがボイコットの理由がやりたくない。子供の駄々そのものである。


「いや、参ったよ。直前になっていきなりの抜擢だからね。冷や汗ものだ」


 言葉とは裏腹にトールはおかしそうに笑っている。


 あんな大舞台で直前になって骨を折らさているというのに、トールは人が良すぎる。いい思い出ができたとばかりだ。


「とりあえずお疲れ様。わがままな英雄の息子に振り回されて大変だったわね」


「ありがとう。確かに振り回されたが、なに、そう彼を軽蔑しないでやってくれ。中々に愉快で面白い人だよ、ギルは」


 ギル。


 ギルベルト・アーレンスをそう呼んだトール。


「御機嫌よう、ミス・ラインフェルト!」


 そこに突っ込もうとしたところへ、高らかな挨拶と共に彼女はやってきた。

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