04 悪役令嬢、現る
テレーシア・フォン・グランヴィスト。
綺麗、美麗、端麗。彼女の宝石のように美しい美貌の前では、どんな称える言葉も色褪せる。
金糸のような気品ある縦ロール。レデリック王立学園中等部の制服に収められた豊満な肉体は、到底十五歳の肉付きではない。
彼女の特筆すべきはその美貌だけではなかった。
公爵家の娘という家格。受験前から特進クラスの席が既に約束されているほどの天賦の才覚。そして明晰たるその頭脳。
トールが神に愛された男だというのなら、彼女は神の愛を注がれし女である。
「あちらにある合格の掲示は既にご覧になりましたか? いえ、見ずともわたくしたちの名が載るのはわかりきっていたこと。特待生の枠に入れたことについて、今更思うことはないでしょう。
改めて、これからよろしくお願いしますわトールヴァルトさん。同じ特待生同士として、これからもお互い研鑽を重ねましょう」
ただし、唯一トールと違い彼女が持っていないものがあった。
「あら、貴女もいたのですね。目に入りませんでしたわ。御機嫌よう、ミス・ラインフェルト。知らず貴女には関係のない話をしてしまって、申し訳ありませんわね」
口元に手を当てながら、自らに失敗にオホホと笑うテレーシア。
もちろん、彼女は初めから私の存在に気づいていた。むしろ真っ先に私の存在に気づいておきながら、白々しく無視しながらトールにだけ語りかけたのだ。
そう、トールが持ちながら彼女が持たざるもの。
誠実さ、善良さ、慎み深さ、謙虚さ、思いやり、節度などなど、上げたらキリがない。
一言で彼女の人間性を表すならば、性格が悪い。
何もかも与えられている彼女は、それを当然として受け入れ、当然として誇り、当然のように持たざるものを見下ろすのだ。
弱気をあざ笑い、強きに媚びへつらう。
清々しさを覚えるほどにテレーシアは高慢にして傲慢にして驕慢なのだ。
まるで少女漫画に出てくるような、悪役令嬢そのもの。体現者。欲張りセット。
そんな彼女が目の敵にしているのが私である。
理由は思い浮かぶだけで三つある。
私が中等部の女子生徒の中で、彼女より高名にして有名だからだ。世界の中心にいなくては気がすまないテレーシアは、私のような存在が邪魔で邪魔で仕方ない。
もう一つは私がトールの特別だからだ。
テレーシアはトールを、自分と同等かその上と認めている。つまり彼女が恋をするのに十分すぎる理由だ。
初等部よりトールのことを懸想し媚び続けたのに、まるで見向きもされない。それでも懲りずに媚び続けていると、ある日突然現れた私があっさりとトールの特別な存在となった。どれだけ頑張っても手に入らなかったものが、何もかも自分より下だと認識していた女が手に入れたのだ。彼女の怒りを買うには十分すぎた。
そして最後が一番の問題かもしれない。
憤りのままに決闘を申し込んだは良いものを、私に恥をかかされる形でコテンパにされたからだ。具体的には彼女にジャーマンスープレックスをかけた。
肉体強化や保護がかかっていたので、ダメージは後を引くものではなない。が、あんな技をかけられたのだ。あられもない姿を大衆に晒してしまい、文字通り彼女のプライドは大きく傷ついた。
以来、テレーシアは何かある度に私に突っかかり、恥を掻かそうと苦心する。それが彼女の生きがいだとばかりに、あらゆる手段を持って、機会を自ら作り上げ、自分の方が上であると示し続ける。
「御機嫌よう、テレーシアさん。私などに謝る必要はありません。私は所詮、非才の身。泥臭い努力を重ねた末に、ようやく公爵令嬢たる貴女の足元に縋り付くが精々です。そんな足元にいる私など、貴女の目に入らないのも仕方ありません。むしろ宝石のように美しい瞳に映して頂けただけで、私の胸は一杯です」
ぐぬぬ、という擬音が聞こえてきそうな渋面。
どれだけテレーシアが私に突っかかろうが、私は真正面からそれを受け入れ、彼女が上だということを認めている。
暖簾に腕押し。
彼女はそれもまた、気に食わない。彼女が見たいのは私の悔しがる顔。決してこのように笑って流すようなものではないのだ。
「その余裕を見る限り、どうやら無事合格したようですわね。お祝い申し上げますわ。でも、当然といえば当然の結果。貴女はヘルタ・ドゥーゼの教え子にして、中等部のトップランカーですもの。惜しくもこの学院では特待生を逃したようですが、貴女が不合格になるなんてありえませんわ」
だというのに、今日のテレーシアは一度の失敗で大人しくなり、急にベタ褒めをしてくる。
天変地異の前触れだろうか。頭を打ってしまい、その性格が変わってしまったのかと心配になるほどだ。
「さて、貴女の順位を拝ませて貰うとしましょう。……どういうことかしら、ミス・ラインフェルト。貴女の名前が見当たりません。本当に受かったのかしら?」
「僭越ながらテレーシアさん。貴女が探している所には私の名はありません」
「ない……? もしかして、私の探し方に問題があるというのかしら?」
「はい。なにせテレーシアさんは、先程から最初の一列分しか目を向けていませんもの。もっと右に目を向けてくれなければ、私の名はありません」
張り出されている合格者の名は、十人事に列が区切られ、左から右へと計五列に渡って連なっている。
テレーシアはその左の一列分しか目を向けていないのだ。
「何を言っているのかしら、ミス・ラインフェルト。貴女はヘルタ・ドゥーゼの教え子にして、僅か十三歳で遺跡探索の資格を取得。そして我らが中等部のトップランカーよ。そんな右側に目を向けたところで貴女の名が……ありましたわ!?」
拍手を捧げたいほどに、見事なまでの茶番だった。
彼女は上げて落とすために、あれだけ私を褒め称えたのだ。どうやら彼女の突っかかりスキルは、日に日に進化を遂げ、芸が細かくなっている。
「四十七!? 四十、七!? あの我らがミス・ラインフェルトが四十七番ですって!」
信じられない現実を目の当たりにしたとばかりに叫ぶテレーシア。
彼女は絶対に知っていた。おそらく誰より早くこの合格発表の場へ訪れ、おそらく自分の合格の確認より先に、私の名前を探したはずだ。そして四十七番という数字を見つけて大喜びしながら、私が到着するまでずっと待機していたのだ。
ある意味、私の合格を誰よりも喜んでいるのは彼女であろう。
「どういうことかしら、ミス・ラインフェルト。四十七番とは一体、貴女の身に何が起きたのかしら!?」
私に駆け寄り、トールから引き離すようにして私の両肩に手を添える。
「ヘルタ・ドゥーゼの教え子にして、僅か十三歳で遺跡探索の資格を取得。そして我らが中等部のトップランカーの貴女が四十七番!? もしかして試験の日は不調だったのかしら? それとも試験が手につかないほどの気がかりが!?」
よどみなく一語一句違えず、彼女の口から紡がれる私の肩書き。そして四十七番。
本日はこの二つを押して、私を貶め笑いものにしたようだ。
「あぁ、貴女の身に何が起きたのか心配ですわ! だってトールヴァルトさんが傍についていながら、四十七番なんてありえませんもの! さぁ、よろしければあの試験の日、何が起きたか私に教えてくださらない? 私はテレーシア・フォン・グランヴィスト。王家の血を引く誇り高き公爵令嬢にして、レデリック王立魔導学院の特進クラスにその名を連ねた女。必ず貴女のお役に立てますわ!」
私の手を取り、全てを話すまで話さないとばかりにテレーシアは追ってくる。
なお、当日私が絶好調であったことは、彼女も重々承知している。ただ肩書きに対して四十七番という私の非才っぷりを笑いたいだけだ。
これまでにないパターン。そして大接近。
合格への感動は既に吹き飛んだ。
ハッキリ言おう。私は今興奮している。性的にだ。
「いいえ、あの日は何もありませんでした」
テレーシアの手を両手で強く握り返す。
柔らかい、きめ細やかな肌。淑女としては少々無骨である私の手とは大違い。
「むしろ悔いのない結果を残せたと満足しております。ええ、私は所詮非才の身。泥臭い努力と先生の教え、そしてトールの献身によってようやく得られたこの四十七番。順当だとは思っておりません。過大な評価として、私の身体に今重くのしかかっています」
あれだけ手の混んだ茶番をしたのに、四十七番を素直に受け入れている私にテレーシアは悔しそうだ。
いつまでも握っていたいテレーシアの手を解くと、感極まったとばかりに私はテレーシアに抱きついた。
「ちょ、ミス・ラインフェルト!?」
困惑するテレーシア。
「でも嬉しいですわテレーシアさん! 国の宝でもある貴女に、こんなにも想って頂けていたなんて。私、今日という日ほど感激した日はありません。栄光ある魔導学院へとその名を連ねられた以上に、私は今、貴女の想いに感激しております!」
私の腕は今、彼女の細い腰と首に回されている。
逃げ出そうと足掻いているが無駄だ。魔法の才覚は天と地ほどの差はあっても、鍛え上げたこの身体の前では非力も当然。
服越しであるが、彼女の女の部分を堪能する。
潰れながらも押し返してくれるその豊満な胸。そしてこの両手で、彼女の肩と腰を舐めるように堪能する。
鼻腔が彼女の体臭で包まれる。甘くありながらも、性的欲求を促す豊満な女の匂い。
視覚的一杯に広がるその首元はどこまでも魅力的で、私の自制心のタガが今にも外れそう。
口に含めたい。舌を這わせたい。今ここで彼女を食べてしまいたい。
勿論、時と場所を考えて無理な話だ。
あぁ、でも少しくらいならいいかと、私はその美味しそうな首元に口づけをした。
「ひゃん!」
ビクン、とテレーシアの身体には緊張と弛緩が襲った。
「ふ、ふん! 何もなかったなら結構ですわ! ええ、私も貴女の身に何も起きていなかったようで安心しましたわ!」
言葉とは裏腹に、彼女の顔は敗北感に包まれている。
無理やり私を引き離すと、掲示板に背を向けこの場から逃げ出した。
「それとトールヴァルトさん。特待生枠の結果に、面白い名前が載っていましたわ。早くご覧になったほうがよろしくてよ」
背中越しに意味ありげな言葉を残し、嵐のように現れ、嵐のように去っていったテレーシア。例え敗走であっても、その振る舞いからは淑女としての優雅さが欠けていない。
彼女の性格の悪さは有名であり、立場や行動力があるからたちが悪い。騒動に巻き込まれ彼女に目をつけられたくないばかりに、いつの間にか私たち以外誰もいなくなっていた。
「いやはや」
そんな暴風のような彼女を見送りながら、初めてトールが口を開いた。
「あれが新たな君の想い人だというのだから驚きだ。あれのどこがいいんだい?」
そうなのだ。
テレーシアこそが、私の新たな恋。
「顔と身体。そして高潔さと高尚さに裏付けされた、あの高慢な性格ね。
あぁ、愛しい愛しいテレーシア。貴女が私の愛に堕ちた時、美しいその顔がどんな風にこの指先で蕩けて、その唇はどんな喜びの歌を紡いでくれるのかしら」
下心が出発点であるが、これはもう立派な恋である。今やあの性格ですら可愛くてたまらない。
「そのテレーシアが、最後に気になることを言っていたね」
「面白い名があった、だったわね」
魔導学院の特待生枠。
たった五席のみだけが用意されている特別は、受験前から座るであろう名が予想され、皆がその情報を共有している。
主席はトール。もしくはテレーシアの可能性も、と噂されていた。
そうなると残りは三席。その三席もまた、決まりであろう名が知れ渡っていた。
テレーシアの口ぶりから、トールたちはまず合格で間違いない。だから残った三つの席に意外な名があったということだろう。
トールの顔ぶりからすると同じ考えのようだ。
だから、本当に軽い気持ちだった。
特待生枠の掲示板。
栄光ある五人の名前。
その一番上に、トールヴァルト・フォン・ヴァルトシュタインの名がないことに驚愕したのだ。
「嘘……」
代わりにテレーシアの名がそこにあるわけではない。彼女の名はトールの一つ下。真ん中に位置していた。
トールでもなくテレーシアでもない。一番高いところにあるその名前。
「ギルベルト・アーレンス」
自らを次席へ落とした者の名を口にするトール。
そこには消沈も、怒りも、嫉妬の色もない。ただそこにあるのは好奇心のみである。
「英雄の息子か。確かにこれは、面白い名前だ」
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