03 合格発表

 レデリック王立魔導学院。


 その門を前にしたところで、今まで大人しかった心拍数が徐々に上がっていった。


 仰々しい門を前にして立ち止まり、それを黙って見上げる。


「落ち着かないかい?」


 そんな私にトールは心配そうな眼差しを送ってくる。


「今になって身体が震えてきたわ」


 例えこの先の結果が残念なものであれ、受け入れる気持ちはある。受け入れる気持ちはあるが、やはり努力が報われた方が良いに決まっている。


「合格の手応えはあったんだろう?」


「ええ。でも貴方やテレーシアさんのような、受かって当たり前のものではないわ。結果を見るまでは不安でたまらないの」


「大丈夫だよ、クリス。君の飽くなき努力と探究心、そしてその知識は、僕らでは見通すことすらできない場所へと辿り着けるものだ。自信を持って、この先の結果に今から胸を張るといい」


「ありがとう、トール。貴方の励ましは何よりも心強いわ」


 ただのお世辞ではなく、それはトールの本心なのだ。今は自分を信じるよりも、そんな彼の本心を信じ切ることこそが何よりの拠り所になる。


 結果が掲示されている場所までの距離は、大したものではない。


 一度足を動き出したが最後、その場所へ辿り着くまで時間はかからなかった。


 合格者の名を連ねた掲示板。それは五メートルほどの距離を置いて二つあった。


 一つは今から自らの名を探す、五十の合格者の名が載る一般枠。


 もう一つは特別な五人の名が示されている特待生枠。通称特進クラス。


 特進クラスの掲示板の前には、ちらほらと人がいるだけ。自分の名を探していると言うよりは、今年の精鋭たちの名を確認しているのだ。


 一方、一般枠の前には人だかりができている。


 自らの名前があることに、喜び、泣き、そしてその感情を共有するため抱き合っている者たちがいる。


 自らの名前がないことに、落胆し、涙を流し、そんな友をその胸で慰めている者たちがいる。


 私は果たしてどちらであるか。


 トールは自分の名前を確認する前に、私の側に寄り添い、その結果を見届けてくれるようだ。


 クリスティーナ・フォン・ラインフェルト。


 自らの名前を思い出す。


 手に汗を握りしめながら、その名を上から順に探していく。


 名前の並びは成績順。


 レデリック王立魔導学院が、その将来を期待している若者たちの順番だ。


 この目に映した名前は既に三十を越している。知っている名前がいくつもあった。


 去年はこの掲示板に名を連ねることができず、高等部へ進学した人の名前もあった。


 しかし今の所、私の名前は見つからない。


 上位から順に探しても見つからないとわかっていた。ただ下から探していく勇気がなかったのだ。下から十番以内に見つからないと、それ以上は探す意義がなくなるからだ。


 三十五番目まで探しても、私の名は見つからない。


 ついに四十番台に突入した。


 四十番には私の名前はない。


 その下にも見つからない。


 目を閉じたくなる思いを何とか堪え、私はなおもその下に名を探し続ける。


 クリスティーナ・フォン・ラインフェルト。


 四十七番。


「あった……」


 私の名前は、四十七番目に存在していた。


 手応えはあったのだ。


 下から数えた方が早いとわかっていても、合格の手応えはあの日、確かに存在していた。


 どれだけの順位であろうと、合学は合格。レデリック王立魔導学院へと滑り込めるだけで、非才である私にとって十分胸を張れることなのだ。


 この結果はわかっていた。わかっていたが、汚泥のように胸の内にこびりついていた不安が流されたことによって、この胸はまた別な感情に支配された。


 足が震える。


 肩も震える。


 瞳の奥から、熱いものが押し寄せてくる。


 ポン、とこの肩に置かれた親友の手。


 彼もまた、私の名前を見つけてくれたのだ。


 何と声をかけようか。


 ひとまずは、ありがとう、だろうか?


 ずっと私のために時間を割いて、私の試験対策を悩んでくれたトール。


 先生が私の前から去った後は、魔導学院へのハードルは大きく上がっていた。


 先生がどれだけ社会的に許されない変態教師であろうと、やはり天才は天才なのだ。先生がいれば、試験対策はもっと良いものになっていたはずだ。


 しかしいなくなったものは仕方ない。代わりにトールが傍に寄り添い、わからないことがあれば教えてくれたし、対策に意見を出し、相談に乗ってくれた。


 神に愛された男が傍にいてくれたおかげで、ようやく四十七番。一人だったら滑り込めたかはわからない。


 ああ、だからこの感動を、彼に感謝と共に伝えよう。


「御機嫌よう! トールヴァルトさん!」


 だがその感動を打ち壊すかのように、空気を読まない彼女は現れた。

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