01 野生のオークはかくして可憐な少女に変わっていた
「そんな経緯があって、今の私がいるわけよ」
可憐で愛らしく、そして麗しい子爵令嬢。
クリスティーナはなぜ、雄々しく気高く、勇猛な道をも選んでしまったのか。
私は初めてその全てを赤裸々に語った。
言葉もなく、ただ口を噤んでいるのは、我が親友であるトールヴァルト。
柔らかそうに揺れる銀髪と、微笑み一つで乙女ならば恋へと落ちてしまう甘いマスク。すらっと高い背に、男らしくも無骨とは無縁なその指先。その手で触れられようものなら、彼に恋する者たちの心臓は果たして持つのだろうか?
こんなにも容姿に恵まれながらも、彼が持つものはそれだけではない。
公爵家の中でも名高いヴァルトシュタイン家、その長男という出生。
お家が始まって以来の天才と呼ばれるほどの誰もが認めるその才能。
将来は既に約束されたようなものであり、彼の一挙手一投足に、乙女たちは注目しため息を漏らす日々を送っている。
そんな彼と向かい合いながら、ヴァルトシュタイン家自慢の馬車に揺られ、二人だけの時間を過ごしていた。
乙女であるならば、誰もが羨むシチュエーション。
レデリック王立学園中等部で名高い子爵令嬢と、誰もが認める麒麟児たる公爵令息。
果たしてその密室ではどのように甘く、睦まじい男女の語らいが行われているのだろうか。私達は常に男女問わず、そのような興味を日々惹き続けている。
「……君の身に、そんなことが起きていたんだね」
しかし今日の語らいは私の人生。
子爵令嬢が剣ではなく、嬉々として拳を振るうに至った、真の舞台裏。
いつもどおりそこには一切の色気などはない。ただの衝撃的な暴露話である。
「男として生まれ男として、一度は死んだ。その記憶があるからこそ、今の君がいるわけだね」
だというのに、少しばかしの静寂の後、トールが浮かべるのはいつもの微笑み。
「驚かないのね。簡単に受け入れるようなものではないと思ったのだけれど」
むしろ私のほうが、少しばかし驚かされてしまった。
「こんな話は普通、誰も信じないだろう。でも僕は信じるよ。むしろ君のあり方にようやく納得がいったくらいだ」
解けずにいた難問が、ようやく解決しスッキリしたとばかしのトール。
「例えばあの有名な一等講師との関係といったら。十二歳の少女が嬉々として語るには、あまりにもショッキングすぎた」
「貴方の信用を得るためだったもの。こちらも一番のカードを切らないわけにはいかないでしょう?」
「ああ、だから僕は君を信用できた。僕らの友情はあの日、成立したんだ」
改めて私たちの友情が築かれた理由を確かめるトール。
私とトールの友情。
決して男女の恋や愛へと至らないその理由は、その性癖に由来する。
「同じ同性しか愛せない者同士としてね」
難しい話ではない。
私が女を愛し男を愛せないように、トールは男を愛し女を愛せない。
同性愛者同士というわけだ。
社会が理解し始めた元の世界とは違い、決してこの世界の社会は受け入れない。
科学ではなく、魔法によって発展した貴族社会が築くこの王国。彼らは私たちのような存在は決して許さない。
本当の自分を隠し通さなければ社会に生きていけない者同士。だからこそ、理解者として出逢えば結びつきが強くなる。
男と女の同性を愛する者同士が出逢えば、そこに生まれるのは真の友情だ。
人間関係が散々だった生前の記憶を持つ私にとって、トールと築けた友情は、我が
「今でこそ笑い話だけれど、君に見抜かれた時はゾッとしたよ」
「あの時の貴方の顔は今でも忘れられないわ。次があったら気をつけなさい」
「あんな足元が崩れ去るような感覚は二度とごめんだ」
「ええ、可哀想なくらいに絶望的な顔だったわ。だからすぐに私も告白したでしょう? 同じ者同士だって」
トールの根っこを確信したのは、中等部へ上がってからだった。
私たちが通うレデリック王立学園は、小中高の一貫校。入学試験こそ存在するが、そんなのは建前。試験内容が散々であろうが、貴族や相応の地位さえあれば入れてしまう。あそこの内情はいつだって成績の上下よりも、家柄に左右される貴族社会の縮図である。
そんな学園でも、実力だけで認められる制度は存在する。
特待生。与えられる教育も便宜も、一般生徒とは差別化されている。
記憶が目覚めたばかりの当時、既に初等部へ入学していたクリスティーナは特待生ではない。優秀でこそあるが病弱な一般生徒としてクラスに埋没していた。
そこに私が目覚め、クリスティーナの名が目立ち始めたのは、少女らしかぬ格闘技とトレーニング、それに特化させた魔法で成果を上げ始めたあたりである。
それなりに名が通り始めた私であったが、所詮は一般生徒。学園での話題の主役は、いつだって特待生のトールであった。
容姿、家柄、教養、才能、性格。
それら全てを兼ね備えたスーパーマン。
世の中の不平等さを世に知らしめるトールの存在は、夢見る乙女たちの憧れ。彼の名を聞かない日などないほどだ。
常に少女たちに囲まれ、誰一人特別扱いすることなく接し続けてきたトール。
この先誰が彼の心を射止めるのか。子供たちだけではなく、大人たちまでもその動向に注目していた。
中等部へ上がる頃、私は積み上げてきた努力を評価され、特待生の地位を手にした。
その頃には特待生の中でも私の名は広まっており、彼の耳にもしっかり届いていたようだ。特待生のクラスへ編入した日、私は初めてトールと言葉を交わし、そして相対することとなった。
クリスティーナの容姿は少年の気を引く魅力を持っている。日夜少年たちの視線を浴び続けていた私は、下心を持つ男の目というものを既に獲得していた。
しかしその魅力に、トールは見向きもしない。性の対象としての興味がまるでない。
悔しさなどはないがこれには少し驚いた。
その後、日々女の子に囲まれ続けているトールを見ている内に気づいたのだ。
彼は少女たちにまるで関心を向けていない。笑いかけ愛想こそ振りまいているが、少女たちが離れると疲れたようにホッとしている。
少女たちに囲まれることに慣れ、飽いたというレベルではない。本当に彼女たちへの興味がないのだ。
それに気づいたのが編入して二週間後。
丁度今の私、クリスティーナの精神性へ至るにおいて、今は行方をくらませてしまった先生の出会いがあった時期である。
更にそれから二週間後、同性同士ペアとなる授業があった。
相変わらず少女の視線を浴び続けていたトール。授業の間はそれも変わることはない。
私はトールに興味があったわけではないので、そんな少女たちの真似をしたことはなかった。
あの日は、たまたまだったのだ。
私の視界に入ったトールを見て気づいたのだ。
トールがペアの男子に送るその眼差し。
何も知らぬ者にとってそれは、ただの何気ない視線かもしれない。
あれは間違いなく、性の対象へ向けるものだ。
隠れ忍び、決して悟られてはいけないその熱意。
まさに少女たちへ向ける私の視線、そのものだった。
以来、トールを観察するようになった。
トールが少女へ向ける顔と、同性に向けるその顔。
顔の表情一つ一つを観察しながら、私はトールの心の底にあるものを確かめた。
どれだけまじまじ見ようとも、怪しまれることなどない。常に少女たちの注目の的であるトール。その対象が一人増えただけくらいにしか思われない。
トールと出会って二ヶ月、それはもう確信へと変わっていた。
彼は女を恋や愛を注ぐ対象と見てはいない。
私と同じく、同性にしかそれは向けられてはいない。
かくして私は、ついにトールへと接触を果たしたのだ。
夕暮れ、誰も残っていない教室。
大事な話があると彼を呼び出すと、素直に応じてくれた。
きっと彼はいつもの告白だろうと思っていたはずだ。
少女に興味はなくとも少女に優しいトール。
ああ、確かにこれは告白だ。
二人きりの教室で彼に歩み寄り、私はその耳元で囁いた。
「トールヴァルト・フォン・ヴァルトシュタイン。貴方は男しか愛せないのでしょう?」
文字通り、トールは震えた。
隠し続け、決して見抜かれてはいけないその中身。
彼の顔に浮かぶのは、恐れ、慄き、そして絶望だった。
否定することも忘れ、彼の歯はガタガタと震え噛み合わない。
本当に可哀想なくらい。
私はトールお脅してどうこうしたい訳ではない。
怯えたトールを宥めるよう、もったいぶることなくその要点を伝えた。
「私とは反対ね。私は女しか愛せないの。だから私たちは、同じ者同士なのよ」
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