ゴブリンの襲来

「きゃあああああああああああああああああああああああ!」


 女性の悲鳴が聞こえてきた。カンカンカン! その鐘の音は敵の襲撃を伝えるものである。


「ゴブリンだ! ゴブリンが出たぞ!」


「なんだ……くそっ。人が良い夢見ていたところなのに」


 時刻は深夜2時だ。奴らめ、人が最も睡眠が深い時間を狙ってくるのか。


 俺は慌てて準備をして、家の外へと飛び出していった。


 ◇


「……おお。アレクの兄ちゃん、起きてきたか」


 その時既に冒険者ルーネスがその場にいた。その他にも取り巻き数名。冒険者ギルド『紅蓮』の連中が揃っていたのである。


「ゴブリンが襲ってきたみたいですね」


「みたいだな」


「わざとですか?」


「ん?」


 ルーネスは吸っていたタバコを消す。こんな時に随分と余裕があるものだった。タバコを吸っているなんて。いや、こんな時だからこそか。


「ゴブリン達ですよ。ゴブリン達が襲ってきた時間帯。今は深夜の2時頃です。人が最も睡眠が深くなる時間帯。これは偶然ですか?」


「いや、俺も偶然じゃないと思ってるぜ。多分、アレクの兄ちゃんもそう思っているだろ?」


「まあ、確かに」


「偶然じゃないとしたらどういう事になる?」


 ルーネスはわかっているようだった。わかっていて、あえて俺に聞いてきているのだ。俺が答えを知っている事を確信して。


「間違いなく、頭の回るゴブリンに指揮されています。あいつらは無策で考えなしにこの村、カイネ村を襲ってきたんじゃない。戦略を以って襲ってきたんです」


「そうだ。その通りだ。俺はこの件にゴブリンキングの存在があると思っていたが、どうやらドンピシャみたいだな」


「ゴブリンキング」


 ゴブリンの王。高い知能を持ち、場合によっては技スキルや魔法スキルを使用する。そして肉体的にも普通のゴブリンよりも巨大な。ゴブリン相手とはいえ侮れない難敵だ。


「厄介だぜ、つまり。連中はただのゴブリンじゃない。指揮されたゴブリンだ。無策の烏合の衆とはわけが違う」


「ええ。その通りです」


「野郎ども! 気を付けてかかれよ!」


「「「おおっ!」」」


 仲間の冒険者たちが声を出す。


「来たぜ!」


 無数のゴブリンが駆けてくる。夜の為発見が遅れた。街には松明の灯が灯っているが、それでも視界不良は否めない。


「気を付けろよ。奴らは洞窟みたいな薄暗い場所で生活しているもんで、夜目が効いているんだ。連中にとって夜っていうのは大した脅威じゃねぇ。だけど、人間様は眩しい太陽の下に生活しているだろ? だからアドヴァンテージはゴブリンにあると思った方がいい」


 ルーネスはナイフを両手に構える。


「精霊達に命ずる。この者たちに力を授けてくれ」


 俺は命じた。グループ単位のバフ効果を精霊達は使う事ができる。


『えー……でもいいの? ご主人様』


「何がだ?」


『こいつら、ご主人様を馬鹿にしてたじゃないの?』


「それもそうだが……」


『だけど、ご主人様はそんな人達を助けるの?』


「目的を間違えるな。俺達の目的は村をゴブリンの脅威から救う事だ。私情で動くな。頼むから俺の言う事を聞いてくれ。可愛い俺の精霊達」


『はーい……』


 不服はあれどこいつらは俺の言う事を聞いてくれる。そこまでのわからずやではない。状況が状況だ。戦況に利する為ならなんだってするべきだ。


 精霊達は冒険者パーティー『紅蓮』の連中に力を貸し与えた。


「な、なんだ?」


「か、体が軽くなったぜ! そ、それに、力も溢れてくる!」


「へっ。アレクの兄ちゃんがやってくれたのか。これが精霊術ってやつか」


「ええ。そうなります。それより来ますよ」


「ああっ! やっちまおうぜ! 野郎ども!」


「「「おおっ!」」」


 来る。ついにはその禍々しい形相が見えてきた。ゴブリン達の姿。それも多い。軽く100には届きそうな大軍団だ。


 ――この村は血みどろの戦場になる。そんな予感が俺を支配した。


 戦闘のゴブリンは武器を持っていた。ナイフだ。恐らくは人間から盗んだものであろう。ナイフと言っても果物ナイフだ。ルーネスのような戦闘用のナイフではない。村から盗んだものだ。大したものではないと言いつつも、武装しているのはそれなりには脅威であった。


 キィン! ルーネスのナイフとゴブリンのナイフがぶつかり合い、けたたましい音を立てた。


 こうしてゴブリンと俺達冒険者達の決戦の火蓋が切って落とされたのである。



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