カレンが部屋を訪れてくる
コンコン。
「ん?」
ノックの音がした。それは就寝するより前の事だ。寝ようと思っていた時、ノックの音がしたのだ。
「どなたですか?」
「カレンです……」
俺がドアを開けると、そこには村長の孫娘であるカレンがいた。
「すみません、ご就寝中でしたか?」
「いえ。眠ってはなかったです」
「……よかった」
カレンは胸を撫で下ろす。
「どうしたんですか? カレンさん」
「お話を聞いてほしくて……」
「話ですか?」
「中に入れていただいてもいいですか?」
「ええ……まあ、構いませんが」
こうして俺達は部屋で話をする事になったのだ。
◇
「どうしたの? こんな夜遅くに」
女が男の部屋を訪れる、このことの意味が目の前の少女にわかっているのか。若いとはいえ、俺くらいの年齢だろう。15歳くらいにはなっているはずだ。この世界ではもう十分に彼女は大人なのだ。
「その……話を聞いて欲しくて」
「話って?」
「ゴブリンに攫われた姉、それから両親の話です」
「姉? 両親?」
随分と重そうな話であった。仕方がないのかもしれない。ゴブリンによる被害を受けている村なんて、そう明るい話題ばかりのはずがない。暗い話ばかりのはずだ。
だから明るい話をしろなんて言っても、無理な相談かもしれない。
……だが、なぜそれを俺に話すのか。その点は疑問に思わざるを得なかった。なぜ、俺に打ち明けたくなったのか。
「ええ……姉は私より2つ程年上で、それで幼馴染の男の人と結婚する事になっていたんです」
カレンは語った。
「私の姉――アンナと言います。アンナは幼馴染の男の人と結婚する予定でした」
「予定?」
「ええ。結婚式の前日の事でした。ゴブリン達に襲われたのは。襲撃は突然起こりました。私は命からがら逃げだせましたが、両親は殺され、姉を守ろうとした婚約者はゴブリンに殺されました。姉は夢見ていた花嫁衣裳を着る事ができなかったのです」
「お姉さんは……どうなったんだ」
殺された、と言っているのは両親と姉の婚約者までだ。だから殺されてはいないのかもしれない。だが、聞いた瞬間、彼女の末路を想像できた。だからまずい事を聞いたと瞬時に後悔した。
「ゴブリン達は若い女性を求めているんです……。恐らくは姉は攫われて、ゴブリンの巣へと持ち帰られたのだと思います」
「……そうか」
ゴブリンの巣で受ける仕打ち。それは筆舌し難い苦行であろう。胸糞の悪くなる話であった。もしかしたら彼女の姉――アンナは生きているかもしれない。だが、生きているにしても完全に心が壊れてしまっている事だろう。それでは生きているとしても死んでしまっているようなものだろう。
それでは本当の意味で『生きている』なんて言えない事だろう。
「命からがら逃げだした私は両親の家ではなく、村長である祖父の家で生活するようになったのです」
カレンは語る。悲痛な表情で。
「……そうか。実に可哀想な話だ。だけどそれを聞いてやっても俺にはどうしてやる事もできない。俺は過去へは戻れない。万物を司る神なんかじゃない。俺はただの精霊使いなんだ」
「わかっています! 起こってしまった事はどうしようもないって……アレクさんの力は昼間の決闘で見させて貰いました」
決闘。そうか。家のすぐ近くであの冒険者ルーネスと闘ったな。精霊の防衛機能で勝手に吹き飛んでいったから、個人的には決闘をしたという実感が薄かったが。
「お姉ちゃんの……それからその婚約者の……両親の。それから村の皆の仇を取って欲しいんです。村に平和を齎して欲しいんです。アレクさんならそれができる。そんな気がするんです」
「……約束はできない。ゴブリンの状況がどうなっているかわからない。敵がどれくらいの数いるのか。ゴブリンキングの存在だってある。奴らには親玉がいるみたいなんだ。ゴブリン達を倒せるのか……村をその脅威から救えるかなんて、今の状態でわかるわけがないんだ」
情けないセリフに思えた。だけどやってないうちからやれると断言できるわけがない。無謀な自信は戦場では自らの死を招きかねない。自分が死ぬだけならまだいい。多くの仲間を犠牲にしてしまう可能性すらあった。
「そんな事わかっています……ですが村のためにゴブリンを倒す為に命を賭けて闘ってくれるのでしょう? それだけで私にとっては十分な事です」
カレンは微笑んだ。
「せめて、私にできるお礼をさせてください」
「お礼……って。う、うわっ……何を」
カレンは俺の手を取った。そして自分の胸に押し付けたのだ。手に柔らかい感触が走る。気持ちいい、じゃない。俺は頭を振る。正常な心を保たないと。このまま色欲に乱されてはならない。
「命を賭けてまでこの村の為に闘ってくれるアレク様に……私にできるせめてものお礼を。女が男の人の部屋を訪れたのですから。覚悟くらい決まっております」
顔を赤くし、カレンは目を反らした。そ、そうだったのか。様子がおかしいと思っていたが、カレンは最初からそのつもりで俺の部屋を訪れたのだ。
「……い、いや、それは流石にまずいだろ」
「私の体では満足できませんか? ……対象として興味すら覚えませぬか?」
カレンは不安げに聞いてくる。カレンの体は魅力的だ。顔は可愛いし。それに案外、肉付きもよかった。貧相という事もない。出るところは出ていた。現在触らせて貰っているのだから断言できた。
――かと言ってこのまま流されるのも。だが、それ同時に男の本能がこのまま流されてしまえと誘惑してくるのだ。
『ご主人様! モテモテ~……ひゅーひゅー!』
『これから熱い夜が始まるのね~』
――その時だった。精霊達が騒めき始めた。
「う、うるせぇ! 馬鹿!」
俺は叫ぶ。
「え? 今、なんと?」
や、やべぇ。そうだ。精霊の声は俺にしか聞こえないんだ。そしてその姿も俺にしか見えない。
「すまない。俺の周りには精霊がいるんだ。精霊の声は俺にしか聞こえない。そしてその姿も見えない」
周りに精霊がいる事で俺は反って冷静になれた。
「そ、そうだったのですか……」
「カレン、もっと自分の体を大切にしてくれ。君の心は今すり減っているんだ。だからそういう投げやりな行動になるんだ。だから、そういった事は自分の本当に好きな人が現れるまで、控えてくれ」
俺はカレンの手を振りほどく。決してこのまま胸の感触を味わいたかったわけじゃない。名残惜しいわけじゃない。
『ああ~……いいの? ご主人様。くすす』
精霊達が笑い出す。
「う、うるさいって言ってるだろ!」
だけど精霊達の存在があるから俺は理性を保てた。その点は感謝せざるを得ない。
「カレン……落ち着いてくれ。それで今日のところは眠ってくれ。ゴブリン達は俺達が何とかする」
自信はないが、それでも今回は彼女を落ち着かせる為だ。強い言葉で俺は言い切る。
「は、はい……わかりました。夜遅くに失礼しました」
カレンは俺から離れる。
「お休み。カレン」
「おやすみなさい。アレク様」
カレンは笑顔で俺の部屋を出ていく。
「ふう~……」
俺は安堵の溜息を吐いた。胸を撫で下ろす。
『ああ~……本当にいいの? ご主人様』
「う、うるせぇっての! お前達がいるのに、そんな事できるか!?」
『ぷすすっ……そんなんじゃいつまで経っても童貞だよ』
精霊達が笑う。流石は精霊達だ。なんでもお見通しだ。当然、俺が童貞である事も彼らは知っている。
「うるさい、ほっとけって。今日は寝る」
俺は再びベッドに寝る。こうして夜が更けていくのだ。
しかし、この後に俺は飛び起きる事になる。村に襲撃が起こったのだ。
そう、ゴブリン達の襲撃が。
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